世界との決別
また部屋が、静かになる。
須賀谷は枕元にあった、ブラッド・タブレットのケースに目を向ける。
ーーこれが無ければ、俺は死んでいた。
そう考えると、順以外でも……薮崎会長やメガーロには、助けられたとは言えよう。
ニリーツとか、アルヴァレッタとか、そういった人たちも確かにこの学校には存在する。
……でも、イフットの代わりは、絶対に見付からないだろう。
あの子は、自分の心の全ての支えで、財布すら渡していいとも思えた子だ。居てさえくれば、何もかもいらないとまで思ったというのに。
ーーそりゃあいつは魅力的で、他にも引く手数多だろうけどさ。
それでも、俺には、俺の人生にはーー必要だったんだ。
苦痛な日々をなんとか耐えられる、癒しだったんだ。
須賀谷は目を覆う。
「どうして此処まで来て、こうなったのかな」
独り言のように溜息を細く、吐く。
「ーーなるべくして、なったことだよ」
見知った声が聞こえて、慌てて声がした方向を見る。
「イフット?」
縋るようかの感情が、湧き出てくる。
ーーしかし、声がした方向には何もなかった。
すぐさまこれが、幻聴だったと理解する。
「ーーイフ」
ぽつりと言葉が出る。
ーーあぁ、これがノイローゼって奴か。たんなるいざこざ一つな筈なのに、喉がふさがるように重く、肩こりも疲労感もまずい。
ーーこの腕も、いつ治るかは分からない。
「夢も希望も潰えた。……俺の救いはもうないだろうな」
須賀谷はベッドの上で項垂れる。
願わくば、半年前にでも戻ってやり直したい気分だ。
全て自分が不甲斐ないからこんな結果になったというのだ。
ーー吸収された黒岩田はともかく、イフットだけは自分の力があれば取り出せたというのに。
いくら後悔したって、どうにもならない。
これから、どうしようか?
須賀谷は暗鬱な気分のまま、僅かに考える。
ーー実家や故郷に戻る事は、考えの中には最初から入っていなかった。
ミミックおばさんとか、ヴィルネイタおじさんとか、あの人達に会わせる顔もないから。
ーー身の振り方を、考える。
ーー名前も、捨てよう。
全て俺の招いた結果だ。人生はたかが80年、いや、俺の場合は50年とあるかも分からない事だ。
生きるだけ生きて、死ぬのも悪くは無いかもしれない。
それか、今度こそ仕える事の出来る人がくるまで。
ーーあぁ、静かになって考えると、俺は本当に人に必要とされたかったんだと、分かる。
人から要らない人間は、世の中からも要らないのだろう。
順。俺は、俺自身の弱さと向き直って俺自体の脆弱さが分かったよ。
全て分かった気になってて、それで無力感を感じたよ。
ーーいっそ、世界に復讐をするのも一つかもしれない。もしかしたら、そんな手を選ぶ自分も、いるのかもしれない。
ただ、黒岩田が赦せないのは未来永劫変わらない。
奴は死んだからいいものの、生きていたら何処までも嫌がらせをしにいく未来を選んだだろう。
大切な物を奪われるという絶望。
上からロクでもない言い訳をされる絶望。
信じていた人に敵を庇われる絶望。
何もかも、砕け壊れればいい。
俺の未来などーー次の時代に託すしかない。
順にはまだ、やるべきこと、やらなければならない事がある。
ならばそのサポートはするとして……俺の夢は、何処にあったのだろうか?
ーーあぁ、特に望みもせず、イフットと暮らす事だったな。
だったら、取り戻せやしないのも当然だ。
俺は犠牲になる事にしよう。全てを祟り殺す為に。
さようなら、須賀谷 士亜。
俺は俺に、挨拶をする。かつて死んだ亡骸の次の、新たな俺にも。
ーー気が付けばいつの間にか須賀谷の寝ているベッドの下から、光が洩れ出てきた。
ーー魔法、か。
何処の誰だか知らないが、俺を消しにきたって言うのか。
いいぜ、付き合ってやる。俺には何もない。だから新天地を望んでこのヒオウに来たんだ。
ーーでも、この土地でも何もなかった。
二度も人生に失望をした以上、何も望みやしない。
ーー死んだあいつらは後悔なんかするタマでもないし、俺一人が苦しんでいけばいいというのだ。
ーー全く、酷い事だよ。俺の人生も、潮時ってやつなのかもしれないな。
さようなら、現実。




