歪みとの対峙
時間にして、50分後になる。そこでは準決勝の第一試合が外のコートで行われていたが、その試合も最早終わりそうであった。
「……某がこんなザマを晒す事になるとは、まさか思いもしなかったな……。」
ニリーツは苦痛に顔を歪めながらも、地に片膝を着いた。先程まで立っていた場所からは、火炎弾を避けた後の煙が出ていた。
「――何てこった」
高威力の火炎魔法を真正面から受け続けた事により鎧とその下に着込んである制服の一部が焼け、酷い状態になってしまっている。体内の魔力もその場しのぎの防御魔法に回して大半を消費してしまい、最早回復をする事さえもが出来なかった。
「大丈夫かよ、ニリーツ!」
後ろから自分もかなりのダメージを受けているというのに、アルヴァレッタが心配をしてくる。……健気な事だ。
「……まだ何とかな。……某はやられる訳にはいかないさ。女より先に男が倒れるわけにはいくまい」
――しかしこちらも、意地がある。自分は生徒会の人間なんだ、そう簡単に倒される訳にもいかない。
目の前の相手の段違いの能力に対し恐怖感を感じながらも、ニリーツは立ち上がった。
「――可哀想だなぁ、不幸だなぁ? 俺達の前に立ち塞がるとはなぁ?」
しかしその時、相対するプレートアーマーを着込んだ体格の大きな男が、此方に向かって話し掛けてきた。
「……粋がるなよ! ……クソ力が!」
ニリーツは反骨の目を浮かべて怒鳴りながら、両手持ち西洋剣のカラドボルグを構えた。
しかしその身体には、言葉と相反して既に殆ど力が入っていない。
……立っているだけでも膝が痛い。腕もまた、震えてきている。
「まだ相手の力が分からないのか? ……負け犬なんだよ――お前達は!」
相手の男が両手持ちの戦斧を振りかざしながら、呟いた。
そして踏み込みながら既にフラフラのニリーツの首元へと獲物を狙い付けると、そのまま一直線に叩きつけた。
「……うぐっ!」
……腕に力が入らず、防御の体勢を取る事さえ出来やしなかった。
――止めを刺された感覚が、ある。
胸元からバッサリと斧で切り下ろされ、ニリーツの鎧が砕ける。
鮮血が肋骨の近くから、漏れ出てきた。
立つことさえもが不可能な程に傷は深い。足にももう、力が入らない。
そのまま身体にダメージが達し、ニリーツはうつ伏せに崩れ落ちた。
「ニリーツ……!? おい!? まさかやられたのか!?」
後ろのアルヴァレッタが信じられないと言う表情をする。
「うぁっ!?」
そしてニリーツに駆け寄ろうとしたところでそんな彼女にも火球と衝撃弾が着弾し、吹き飛ばす。
「《フレアーハウリング》……これでおしまい」
「……ッ!?」
アルヴァレッタは魔法が命中をした衝撃で宙を舞い、地面に叩き付けられて気を失った。
――大柄な男は、倒れたニリーツの背中を片足で踏みつけている。
その様子を、須賀谷と順は観客席で静かに見ていた。
「……順」
「何だ?」
「あの男だけは、俺に絶対に倒させてくれ……お願いだ」
須賀谷は順に対して、静かで、それでいて血走った目でそう頼み込んだ。
――腹立たしいのだ。激しい怒りを感じる。
「――あぁ、分かったよ士亜。私もアルヴァレッタを撃ったあの女の相手をメインにする」
順もそれに対し、同じくかつて須賀谷が見たことのないような憎々しげな眼で男を睨みながらも、頷いて答えた。
程なくして勝利者の名前が、コールされる。
『ウィナー……クロイワダ&イフット!』
――結界から出てきた大柄な男は、こちらを見る。
「漸く来るかよ、値札もつかないような落ちこぼれの雑魚どもが……。負け犬は今度こそ殲滅してやるよ。ククク……恥をかかせてやる」
男の正体である黒岩田がこちらに視線を向けたまま、下賤にも挑発的に嘲笑ってくる。
そしてさらに横を見て、こう続けた。
「――なぁ、イフット」
「……そうだね」
結界から出た直後に言葉を振られた女はロクに何とも思わないかのような淡白な仕草をすると、同じく控室へと戻っていく。
「――クッ。 何故、よりによってあいつらが……!」
先ほどからずっと、納得がいかない。須賀谷は拳をギリギリと震わせながらも色々な事を思ったが、今はニリーツが心配なので負の感情は一旦全て心の中に封印する事にした。