予選、そして
翌日午後、大会についての情報が一般に開示された。それによると薮崎の情報は正しく、さらに2日後に予選が始まる事になる。場所は広大な学校の敷地内を自由に使い相手は同レベルクラス内でのタッグ対決というルールで、敗北条件は戦闘不可能となるか、戦闘放棄を明言して予め与えられたスチール製の自らのタッグカードを折るというものだった。
「……私の足は引っ張るなよ、士亜。基礎くらいは教えたつもりだ。後は――」
初戦闘の前に、順が高圧的かつ高揚した口調で須賀谷に言ってきた。
「――実行、ってね。当たり前だろ。……何の為にあれだけの順の師事を受けたと思っているんだ」
須賀谷は威勢よく言葉を返しながら、順が倉庫から見繕ってくれたレンタル品の鉄の剣とマクシミリアン式甲冑を装備して目の前の相手に対して視線を向ける。
「あ、あちゃー……ち、ちょっとこれ……苦し過ぎるかなぁ……幾ら近接戦闘をこっちも履修したからって無理があるよ」
相手側にはクラスメイトのヘルナス・アルレインと見知らぬもう一人の生徒が居て少し泣きそうな顔で、法衣を着て魔力石の飾りが付いたメイスを構えていた。
「大人しく降参すれば痛い目はみなくても済んだものを。……戦闘開始だ! 喰らえ! 《爆裂光槍》!」」
だが順はそんな様子など関係ないような事を吐き出すと、開幕から大技を繰り出していった――。
ーー憐れむ間もなく当然のごとく、須賀谷達は圧勝をする。
それからというもの決勝トーナメントの日までは、負けるどころか苦戦する試合は一度も無かった。
というか、順が規格外に強過ぎただけなのだが。
他のクラスの事情は知り得なかったが、普通科ではチーム落ちこぼれの須賀谷と順のタッグと、実力をみせて勝ち上がってきたニリーツと神聖魔法士ビショップのアルヴァレッタのタッグが選抜される事となった。
……物事が順風満帆に行っているときの時の流れは、速く感じるものだ。
体育館裏で順と連日訓練をしているうちに、あっという間に決勝トーナメントの日が訪れてしまった。
「……おはよう、士亜。……緊張しているのか?」
「おはよう、順。まぁ緊張してないかと言われたら嘘になるな」
それに対し、同じく明るく返事をした。
「でも、それを言うなら順も最近元気になったんじゃないのか?」
さらに追加で、言葉を返しておく。
「……そうか?」
すると順は自覚をしてないようで首を傾げて、頭の上に?のマークを浮かべた。
「前だったらトゲトゲしてすぐに怒ってあちこちに当たり散らしてたじゃないか。それを思えば今は健康的だろうさ」
そこで順に、言ってやる。事実なんというか、性格的に柔らかくなったような感じが見える。
「ふむ。確かに、言われてみればそうかもしれないな」
指摘を受けた順は一瞬遠い目をすると、細く息を吐いた。心無しかその横顔が、笑ったかのように見える。須賀谷もその顔を見て、何となく安心をした。
「……まぁそう見えるのなら、お前のお陰だろう」
「俺のお陰じゃ無いよ、お互いさまさ」
「……そうだと、いいな。しかし話は変わるが……それ、良い剣を持っているじゃないか。非実体剣は疲労をするし、いつまでも質の悪いレンタル品でいても面白くなかろう。タマチルツルギは切り札としていて、今日は今もっている剣を使うといいぞ」
「そうだね、そうするよ」
そんな会話を交わしていたら、ぼちぼちと時が経ってきた。
「20分後に第2体育館だ。それまでに戦闘までの準備を済ませておけ。拘束はしないから勉強をするなり、ジュースを飲むなりトイレに行くなり柔軟をするなり勝手にしていろ」
順はそう告げると、私は朝食を済ませていないから購買のパンでも買ってくる、といいながら教室から出ていった。
「俺も、そろそろ動くか」
須賀谷もやる事は無いが順に触発され、少しして教室を出る事にした。
それから後、ジュースを飲んでふと尿意を催しトイレに行こうとすると、手洗い場の近くで試作品の近衛型鎧を着込んだニリーツが待ち伏せをしていたような感じで佇んでいた。
「……やぁ、士亜。順を宜しく、だそうだ。薮崎会長がな」
横を通りすがろうとするとあまり話したことの無い男である、ニリーツが緑の髪を揺らしながらもぼそりと、須賀谷の耳元で囁いてくる。
――えっ。
「ニリーツ……? もしかして、お前が会長が言っていた……?」
須賀谷は驚いて、ニリーツの方を見る。……まさか生徒会の人間が、この男だったとは。
「某も馬鹿を演じるのは楽じゃなくてな。まぁ頑張ってくれよ、君の戦いを見ているのは楽しい」
そう言ってニリーツは満足そうな顔をし、さらに言葉を続ける。
「元気でな。まず某は試合に行ってくる。某の相手は特進Aだ。少々辛いだろうが、頑張ってくるさ」
「……そっか。健闘を祈るよ、ニリーツ」
須賀谷はニリーツに対し、親指を立ててグッドラックの構えをする。奇遇ではあるが、この男経由なら順の話が薮崎会長に回ったのも不思議ではなかった。
「お前も勝てよ。俺はとりあえずクラスとしての対面を持たせるためにまず一勝してくるわ」
ニリーツは穏やかな表情でその動作を真似ると、鎧をガチャガチャと鳴らしながらもさっさと先に体育館にへと走って行った。
「……まさか、生徒会の人間がニリーツだったとはな……」
思いもよらぬ人間の登場に、須賀谷は感心をする。人は見掛けによらないという事か。 ……あまりの言葉に驚いた須賀谷だったが、暫くすると尿意を再度催し、さっさとトイレに入って行った。
【《キャスティング》解放……アイシクルブースト! 秘術! 蒼撃《氷襲裂波斬》ッ! せぇいぁ!】
叫びと共に斬撃の乗った氷の一撃が飛んでいき、相手チームを飲み込む。
「勝負あり!」
「おのれぇぇぇ! ニリーツゥゥ!」
特進Aのクラスの側からのブーイングが、観客席の一部から上がった。
須賀谷が手を洗ってから体育館に着いた時に目にしたのは、ニリーツが一戦目の特進Aの生徒を相手に勝利を収めたところであった。
体育館内では既に2年の生徒が続々と集まっており、遠くには先生の姿も見えた。
「ハハッ、特進Aの癖に1分も持たないとはざまぁないぜ! うっひゃっひゃっひゃ!」
「……調子に乗り過ぎじゃないのか? ニリーツ」
「おお、士亜じゃないか。今回は思ったよりも敵が弱くて助かったぜ」
ニリーツが得意げに胸を張って、須賀谷に向かいはしゃぎつつも笑い掛けてくる。……成程、普段は三枚目で通すつもりなのか。
「私が防御魔法を掛けなければ敵の最初のラッシュで倒れていたクセに。……ちゃんと感謝はしてるんだよな?」
ニリーツの背後に居た神聖魔法士の女生徒が、それに対し不服そうな顔をしたのが見えた。
するとすかさずニリーツは、背後に振り返る。
「分かっているさブショッピさんのアルヴァレッタ。いつもいつも庇ってくれて有り難いとは思ってる。幾ら回復に長けていてもそれ以上のダメージを受け続けたらお終いだからな、大型魔法のキャスティング時間を稼いでくれて感謝はしているよ、本当本当愛してる!」
「なっ……! この馬鹿、誤解されるような事を言うな! それに誰がブショッピだ……、ビショップと呼べよ……!」
「おっとと、すまんごめん、首もとを掴むのは止めてくれ……って痛い! そこを抓られると死ぬる! 痛い痛い!」
「恥ずかしいんだよ、馬鹿!」
「ストップ! ごーめん! 悪かった―!」
ニリーツは背後に向かい慌てて、謝罪をする。
……中々連携も取れていそうであり、とても良いチームのようだ。
「――仲、良さそうだな」
須賀谷は少しほほえましく思いながらも、そう二人に笑いかけてみた。
「まぁな、先週末にも同じプリンパフェを食った仲だし」
「ち、ちょっと、あまり変な言い方ををしないでくれよな!?」
すると、二人は全く違った反応をしてくる。
……しかしいずれにしろ、どちらの顔を見ても楽しそうに見える。今度時間が有ったら、彼らともっと話してみたいと思った。
「……それじゃ、俺は順を見付けるよ。すまないけどそっちがこんな早く終わったって事は、俺達も出番が近そうだし」
須賀谷は二人に会釈をすると、視線を体育館内にへと泳がせる。
「あぁ、お前達の試合ももうすぐだからな。某も応援してるぞ。勝てよ?」
ニリーツが一瞬気分を取り直すと真面目な表情をして、言ってくる。
「分かってるさ、……あ、あの席に居た。じゃあな!」
そう返事をするとほぼ同時に客席に順の紫の髪を見付け、須賀谷はニリーツ達と別れて走りだした。
「それじゃ、ばいばーいっと、達者でね!」
アルヴァレッタ達の声が背後から投げかけられたので、須賀谷は軽く右手を振って返事をした。
そして須賀谷は、人込みをかき分けて順の近くに歩み寄る。
「先程のニリーツの試合、最後しか見れなかったけどどんな感じだったんだ? 順」
そのまま、勉強にはなりそうなので参考程度に訊いてみる。
「……士亜か。先の試合は概ね敵が力押しをしていたな。相手は前衛のニリーツ相手に向けて魔法をいきなり撃ち放ったが、あの馬鹿ニリーツは耐久力だけは異常だから盾役に徹して数発は耐えきった。まぁ軽く言えば囮になっていた訳だ。そして後ろのアルヴァレッタが二リーツがぼこられている隙に大技をキャスティングして、二人で一気にラッシュをかましたという事だよ」
順はテンションのあまり高くない声で、そう返事をしてきた。
「へぇ。……でもちょっとすまんが、キャスティングって……何の事だ?」
一応気になった語句があったので、訊いてみる。
「……うむ」
「力を溜めるという事だよ。取り敢えず説明をしやすいように魔術物理用語に言い変えると消費MPが0であり、効果は体内にMPを溜める魔法という表現だ。エネルギーチャージの類で一見すれば便利だが隙が生じる行為である以上、実戦では多用は出来ないものになる。時間アドバンテージを失うからな」
すると順はきょとんとした須賀谷に、丁寧に説明をしてくれた。
「有り難い、……そんな魔法があったのか」
「……別に肉弾メインで戦うならば使いこなす必要がない事なのだが。だが、高等魔法を使うようになったら、覚えた方がいい。私がいずれ教えてやる」
それから静かに言葉を、吐く。
「へぇぇ……」
「呆けている場合か。それよりももうすぐ始まる私達の相手は特進Bだぞ。まぁ然程の相手でもなさそうなので私が手早く片付けてやるが、一応準備体操くらいはしとけ」
感心をしていると順が自分の肩を触りながらも声を続けて、掛けてきた。
「あ……おう」
須賀谷はイフットも今日此処の会場の何処かに来ているという事について気になったが、集中できずに全力が出せないのも情けないのでその事を脳内から一時的に消し去ることにした。
「死ね!」
順が爆風と共に、相手二人を場外まで衝撃波で吹き飛ばす。
「場外!」
すぐに審判の静止と共に午前の試合が終わり、一旦休憩となった。
「少し……お前達は休んでていいそうだ」
控え室で椅子に座って休んで暫くすると、担任のダリゼルディスが運営席から駆け寄って来て二人に言った。
「……何でです?」
須賀谷は先生に向かい訊ねる。
「此処の試合会場は午前の試合から判断すると、順の火力が高すぎて安全上暫く使えないとの事だ。……先程少々、やり過ぎたからな。……だから外で新しく、教師の戦術訓練用の結界を張って貰うようにしたんだ。よって試合は一時中止、40分後にニリーツ達の試合が始まり、お前達も1時間後に体育館内の2年用のコートではなく1キロ四方ほどある外の屋外コートを使う事になる」
ダリゼルディスは苦い顔をしながら説明をした。
「規格は教師の戦術訓練用ですか……」
須賀谷は順の火力がイレギュラーであったのかと躊躇しながらも、関心をする。
「あぁ、そうでもしないとまた誰かさんが軽く結界をぶち抜くからな。本人はともかく、周りの観客に下手に怪我でもされると困るのだよ、お忍びで観戦者にVIPも居るのだし」
するとダリゼルディスは困った顔をしながら、そう続けた。
「私が手加減をすると……余計相手を精神的に痛めつける気がしてならないのですがね。女相手に男が拳で一発一発痛めつけられるのは正直、女の私が言う事じゃないが屈辱じゃないかと思いますよ? このくらいの歳ならばね」
順はそれに対し、須賀谷を指差して軽く皮肉ってみせた。
「……過去のスポーツテスト、さらに兵士適性で耐久試験を見れば毒も効かない、水中障害も効かない上に鍛え方が異常……私から見ればその歳でそんなスペックの順の方が異常だろうよ。全盛期ほどではないとはいえ、流石だとは思えるさ」
言葉を聴きダリゼルディスは、小気味悪くも笑う。
「性格が唯一にして最大の欠点ですからね。すぐに熱くなる所だけは大きな弱点だと自覚しています」
それに対し笑われた順はダリゼルディスに向かって、余裕そうな顔でそう自虐を言って誤魔化してみせた。
「……性格だけなら私も変わらんよ。27でバツ一だからね、あたしは」
ダリゼルディスはまた笑ってそう言ってくると、今度はニリーツ達のところへ行ってくると言い、須賀谷達の前から姿を消していった。
「……ふぅ」
ダリゼルディスが退室すると順が、いきなり肩を落として溜息を付いてみせた。
「……順?」
須賀谷は気になり、大丈夫かと気にかけてみる。
「……幾ら褒められても何だか、面白くないな。アドバンテージがあるから私は誉められたものではないのだぞ、士亜」
すると椅子に座り込みつつも、須賀谷に対して厳しい表情でこう言ってきた。疲れていそうな、顔だ。
「え?」
「なんだか孤独感というか……少し虚しくなってきた」
少し目も落としながら、須賀谷に言葉を続ける。
「士亜。……お前、子供相手に勝って嬉しいと思うか?」
「いや……そうは思わない」
「だろ? 図に乗るわけではないが、これでは空虚で情けなさ過ぎる」
順は同意を求めてくる。
恐らく、自分はダブっている事を負い目に思い格下相手には勝てて当然だと考えているのだろう。
「少し聞くが順にとっては俺も……まだまだ子供なのか?」
そこを気になって一応、訊ねてみる。
「精神的にはどうかは知らんが……まだ力として今は全然だな」
すると、返事が返ってきた。
「正直言って、私のスピードに多少目が慣れた程度だろうよ」
「確かにおっしゃる通りだ」
須賀谷は落ち着いて声を出す。まだまだ半人前と認識されているのか。だがまぁ、厳しい言葉を掛けてくれるという事はまだ自分に期待をしてくれていると言う事だろう。
「………………」
順はまた、黙った。それによって微妙な空気に、なる。
「ダリゼルディスの言っている事を、気にしているのか? 試合場を壊した事とか」
「……いや」
「何か他にも、あるのか?」
一応、心配に思って訊ねてみる。
「……いや、何でもない」
しかし順は誤魔化すように言うと、首を横に振った。
「そうか。だが、何か心の中に負担や不平不満があるのなら、言ってくれよ。引け目には思うことはない」
そう言うと、順は少し意外といった感じで驚いたような表情をした。
「……ありがとう。そうだな、お互い少し話すとするか、飯でも食いながら」
順は心から感謝したような声で、礼を言ってくる。
「……そうしよう」
まだ機では無いと察し、須賀谷は頷いた。
――話題転換という事か。
「何が食いたい?」
「運動に差支えがないものがいいな」
そろそろお腹が空いてきたのも事実だ。心を汲んで、行くとしよう。
「よし、行くか。士亜。君の元半身についても少し言いたい事もある」
順がすっくと立ちあがる。
「――あぁ、順。今日は確かC定食がチーズケーキ味の唐揚げだったな……」
素直では無いな、そう思いつつも須賀谷は順に続いて立ち上がると、彼女と一緒に食堂に歩みを向けていった……。