因縁
廊下を歩いている途中に不意にカァンと高い音がして、空き缶が肩を掠めて飛んできた。
「……っ」
相手の狙いが悪いので避けずとも当たらないが、須賀谷は憎らしく思い飛んできたものの方向を睨み付ける。
「よぉ、須賀谷じゃないか……久し振りだな。故障した身体は治ったかよ? スクラップが」
すると、進行方向から鈍いような声が聞こえた。
――聴きなれた、かつて怒りを覚えた声だ。それで後ろを振り向かなくても、嫌な予感の正体が分かった。
「……っ」
殺意が芽生え、一気に不機嫌になる。
「俺に何か用かよ……黒岩田。もう授業だぞ」
須賀谷は自分の機嫌が悪くなっていくのを自覚しながらも、黒岩田の方向を振り返った。心中穏やかではない。転がっている缶が、カラカラと音を立てる。
「くく、恐い顔をそうするもんじゃないな。……なぁに、お前は勝つ為に色々やってるそうじゃないか、無駄な努力を」
すると黒岩田がいやらしい顔で笑ってきた。フン。
「……無駄かどうかは、やってみなくちゃ分からないさ」
「いいや、無駄だね。社会の厳しさを教えてやるいい機会だ……上がって来い、今度こそ再起不能になるまで俺が叩き潰してやるよ。雑魚に発言権はないということを教えてやる」
……奴は此方に対し威圧的な態度を、とってきた。
「何……?」
「へっへへへへw 色々面白くてな! 余生はスクラップ置き場で過ごすといい」
「口が減らないな……吠え面を掻くなよ、俺はお前のような人間にだけは負ける気は無いから。 もうこの話はしなくていい」
それに対し須賀谷はうんざりした顔で、応える。
――視線から火花が散ったのを、感じた。
今までの自分とは、今の自分は違うのだ。
だがそう思っていると今度は向こうはさらに、付け上がったような表情をしてくる。
「ふん、俺は不幸で可哀想な人間をみるとワクワクするんだよ。どんなふうに足掻くかなぁ」
(……うっぜぇ)
――不快さのあまり、歯軋りをする。
「……自分が同じ目に遭えば分かるか? ゲス野郎。晩飯が喉を通らないくらいにはしてやる」
そして苛々して睨みながらも、黒岩田を煽り返した。……散々罵られているのだ。いい加減これくらいやり返してもいいだろう。
「ほぅ……言うようになったか。ま、いいさ。どうせすぐに分かる。心を完全に折られてしまえばいい。……まぁ、俺と戦う前にお前は予選で落ちてるかも知れないがな。……じゃあな! クズ!」
すると言うが早く、黒岩田はニヤリと笑って後ろを向いて去っていった。
(――死んでしまえ、逃げやがって……!)
須賀谷は中指を立てつつも心の中で、去っていく黒岩田に憎悪の念を飛ばしたーー。それからその日の須賀谷は黒岩田に勝ちたいが為に訓練を長引かせ、3時間延長をして順に指導を受ける事にした。