ティー・ブレイク
試合まで数日へと迫った朝、須賀谷は硬い布団の上で目覚めた。背筋が痛く、連日の訓練の疲れは抜けきっていないが、空腹で二度寝もできないので起きる事にする。
部屋のドアに備え付けられたポストを見ると、一つの封筒が投函されていた……。
「生徒会室からのお呼び出し……か。まさかあのトレーニングルームの修理費が請求されるのか?」
少々思う事はあったが、それでも外出をする。
それから30分後。一時限目の始まる前に生徒会室の前に着くと、水入りのバケツか何かに引っ掛かったらしくズボンの膝下が濡れたままの薮崎が出迎えてきた。
「ちょいんっす。さっきちょっと馬鹿に水をかけられてな。悠然と歩いてくるつもりだったが、そうはいかんらしい」
薮崎は少し苦い顔でやぁ、と声を掛けてきた。こちらから見る限りでは、靴下もぐちゃぐちゃと濡れていて辛そうだ。
「おはようございます。難儀というか大変そうですね……心中お察ししますよ」
須賀谷は少し気遣いながらも、薮崎に挨拶をした。……自分の見えない世界も、色々と苦労がありそうだ。
「ははっ、まぁな」
――生徒会長というのは、察するに辛い仕事なのだろうか。
「……まだ時間はあるし椅子に座っててくれ、お茶は出してあるからちょっと着替えてくるわ」
薮崎はそう言うと一旦、ささっと部屋の奥にへと入り込んでいく。
「……やれやれだな」
その光景を見る限りでは偉い立場だというのに気を揉み、色々と骨を折っているようだ。一見華やかに見えるが和気藹々の下は……死屍累々なのだろうか。柄にもなく気を使って、須賀谷はそのような事を考えてしまった。
……暫くして、着替えた薮崎が戻ってくる。その表情は少々、さっぱりしたようで明るい。
「あー。順の事だが……ありがとよ。無理を言ったが凄く俺達は助かった。アイツも対等に話せる人間が出来て嬉しそうだ」
まずは軽く頭を下げられ、礼を言われる。
「いえ。利害の一致もしていますし、あの力は僕にとっても尊敬できるので。順と一緒に居ると稽古も付けてくれるし、戦技科目は安心ですよ」
会長の気持ちを掴みたいので須賀谷は少し、愛想笑いをしつつも謙遜をして答えた。
「そうか。……マジですまんな、恩に着るよ、ありがとう」
「そう言われると意欲も湧きます。……で、今回は何でしょう?」
若干自分でもコミュ障のようで歯痒いが、人間関係を円滑にする事を考えると自分にはこんな話し方をせねば目上の機嫌を取る事は出来ない。須賀谷は作り笑いをしつづけながらも、そう尋ねた。
「んぁ、今日は取り敢えず礼が言いたかっただけだな。……まぁ軽く、借りのつもりだが。あぁ、そうだ。ささやかだが聞きたい事があれば一般生徒に流れてない情報を流すくらいは出来るがよ、何か俺に出来る情報提供はあるか? 君が欲しい事に関しては多少話せるはずだ」
薮崎は無論テスト内容や機密条項以外で、と付け加えて言ってきた。
「どうも。それは助かります」
「……何が聞きたい?」
薮崎は此方に、満足そうな顔をしつつも首を傾げてくる。
「そうですね、それじゃ今度の大会の詳細について聞きましょうか」
……此処はお言葉に甘えておこう。須賀谷はそれに対し、大会に関連したいくつかの質問を投げかけた。
「職員室で聞いたんだが……今年の試合は去年の1年とは違いクラス対抗で3組ずつになりそうだぞ、2年生と3年生は」
――すると薮崎はそう言ってきた。
「はぁ、そうなんですか」
言葉を受けて頷く。
「なんでも進行日程の関係でクラス内で予選をやった後に、クラス内でタッグ2つの計4人が特進、特進2、普通で選抜されて決勝戦を行うそうだ。……あ、あとこれは、個人的にお前に渡したいものだ。迷惑に対する贖罪という訳ではないが、見ておいてくれ」
「渡したいもの……ですか。ありがとうございます」
それから分厚いA4のプリントを渡されるとぱっと見て新たないい情報と自分にとって悪い情報を幾つか手に入れ、須賀谷は丁寧に礼を言った。視線を動かして部屋の壁にかけてある時計を見れば、そろそろ、授業の時間だ。
「んじゃ、そろそろ授業が始まるので……プリントは後でしっかりと読む事にしま
す」
須賀谷はふぅと息をつき、部屋から出ようとする。
「予選は明後日からだ、今日中に公示されるだろうがチェックには気を付けておけよ――!」
部屋を出る時にそう聞こえたので、須賀谷は分かりましたよとだけ返事を言って自分の教室に向かっていった。