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魂の師は人生の戦友

 ーー次の日、学食で何とも形容しがたい味のモンブランラーメンを食べながらも順と話をした。


「ーー成程、君の元パートナー、いわゆる元半身か。その片割れが奪われそうだと」


「……そういう事です」

 須賀谷は面目なさ気に、告げた。

「1on1で決着を付けるのが一番だが、相手も中々渡辺……あの男絡みでは難しかろうな。確かに決勝まで出て潰すしかなかろう」


 順は頷いた。


「順……」


「人の……くっ付く別れるなんて他人には取るにたらないもんなのだというのは分かる。だが、私にもそれなりには人の心はあってな」


「……何か、あったのですか」


「ーー死別さ。私のパートナーは既にこの世には居ない」


「……ッ。辛い事を、思い出させてすみません」


「なぁに、気にするな。ーー人生は一度しかないのだ。それに、私の元パートナーも、こう君には声を掛けたと思う。……辛く苦しむ仲間がいたところで何もできないのは更に辛い、悪寒は吐く事により少しでも和らげられるもんだから関わらせろと、な」


「……すみません」


「ま、そうだと分かれば特訓だ。今日からガンガンいくぞ、士亜、お前の力を引き出すためにな!」

 順は明るく告げながら士亜の肩を叩くと、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「……はい!」

 須賀谷は、その顔に不思議な頼もしさを感じた。


 須賀谷と順は小トレーニング室をもう一度借りて、剣の特訓をしていた。

 

特訓なんて時代じゃないなんていうが、徹底的に鍛えた量産機はワンオフに勝ると言う言葉を受けて俺は必死に喰らいついていた。


「その程度ではなぁ……甘いんだよ、士亜ッ! そんな気迫で私が倒せると考えているのかっ!? 漫然と攻撃をしたくらいで敵を倒せると思ったら大間違いだ!」


「ぐぉぁっ!?」


 須賀谷は罵声と共に肩を刃引きの剣の腹で叩かれて、跳ね飛ばされては膝をつく。


 今度は自分と同じくマクシミリアン甲冑の装備をしていた順だが、須賀谷にとっては前回よりもさらに強くも感じた。……あるいは、前には手加減をしていたのではないかと思えるくらいであった。


「ぜぇっ……はぁっ……」


 こちらは重量鎧でタマチルツルギを振り回し息切れをしているのに、順は疲れた素振りもない。まさに鬼だ。なんて事だ。


 ――順の剣技の腕前は非常に高く、何やら話すところによると剣だけでなく斧や槍の扱い方をも小さい頃から叩き込まれていたらしい。


「その首をっ、覚悟っ! うぉぉぉっ!」


 踏み込みと共に一撃を繰り出すが、すかされる。


「遅いってんだよ! その速度ではまだまだ生ぬるい! カウンターを食らうぞ!」


 斬撃を繰り出すと、弾かれる。突きを繰り出すと、いなされる。


「まだまだだぁぁぁぁぁ!」


「せやぁ!」


「太刀筋はいいが踏み込みも威力も足りん! 出直してこい!」


 此方が先制攻撃を仕掛けようとすると圧倒的な後の先を決められ、逆に待ちの体勢に入っても神速で先に動かれて一本を取られたりと、須賀谷は先程から散々にずっと翻弄をされてばかりであった。


「おい、どうした、もう終わりか?」


「終わりでは……無い! ……だが……一体俺には……、何が足りないってんだ……!?」


 ――流石に何度も何度も吹き飛ばされ続け、スタミナ切れになって剣を地面に一旦置く。30分程負け続けて、須賀谷はいてもたってもいられなくなって順に頭を下げて訊ねた。


 疑問にも思う、というか納得がいかない。練習とはいえ圧倒的に決められるのは面白くも無い。


「訊きたいのか? ……訊いてどうする?」


「直す……に、きまっている……! ……勿……論だ……」


 須賀谷は肩で息をしながらも頷く。脳に酸素が足りない。立っているのも辛い。


 ……すると順は、ふぅんと鼻を鳴らして応え始める。


「技術以前の問題だ。まずは最初に、身体作りと運動神経だ。そもそも基礎身体力が、私とお前では違うというのがあるな。……私が幾ら鈍っていたからとはいえ、いきなり士亜が私に勝とうというのはそう簡単には出来る訳がない。むしろ落石を叩き割ったり魔法の絨毯に追われながら必死に持久力を付けるなどという特訓を昔していた私の立つ瀬がないだろう」


 ……分かり切った当然の答えが返ってきた。咄嗟にリアクションが取れずに僅かに、沈黙する。



「……それじゃ……俺じゃぁ……何をしたって絶対に順に勝てないに決まっているじゃないか」


 流石に一日で順を乗り越えられるとは思ってはいないが、理不尽を強いるのかよと、そう思う。


「――まだ話は終わってない、息を整えて最後まで聞け。お前には私の発想に無い意味不明なパンチとかその……ナイフというか剣を生かした戦法が有るだろう。それに高速戦闘に目も慣れれば、多少は強くはなる。……経験と努力はけして、無駄ではないのだ」


 すると順はコホンと咳払いを一つして、話を続けてきた。


「それに今のお前に必要なのは、兵法や戦術よりも、もっと自分を前に押し出した所謂ハングリーさを示す心であると、私は思うのだよ」

 そして、こう会話を繋げてきた。


「……ハングリー……さ? 何なんだ……それは? 意気込みでそこまで変わるのか?」


 どういう事だと須賀谷は疑問に思って、順にまた訊ねる。少しずつ息が回復しつつあり、何とか現在進行でまともな会話が出来るレベルになってきた。


「……士亜、お前からは対峙をしていて情熱や意欲というものが感じられるが、残念ながら恐さというものは微塵にも感じられないんだよ。見た感じでは潜在能力は相当眠ってはいそうではあるがな」


 すると順は、こちらの目を見ながらも語ってきた。


「へぇ……」


「私が求めているのは生の感情なんだ。本能的な怒りや感情の塊と言うものだな。お前は根が優しいようだから周囲の視線に遠慮をしてるのかもしれないが、それではだめだ。私を本気で殺すつもりでかかってこい」


 そして順は、少し考えた後にジェスチャーを交えながらもこう説明を続ける。


「結構口が悪く思えるが……暴力的とか……言い変えるとそういった事なのか?」


「……近いかも、知れないな。勝ちたいのなら、逝かれろ。何度倒れようと何が何でも喉笛に噛み付き、喰い千切る位の気持ちで行け」


「……何だか、物騒だな」


 須賀谷は言葉を聴き口を挟むように苦笑いをした。しかし順は、こちらの言葉に対し至って真面目な顔で返事をしてくる。


「いや、これは案外私は本気で言っている事だぞ。……何もしなくても技術や戦闘能力が湧いて出てくるような超人でなければ、日々努力したり上を見て自分も強くなりたいと思って必死に修練をするしかないのだ。そしてその努力する時にこの飢餓と憎悪にも似た心を発現させる事で、人は一気に力が跳ね上がると私は考えている。……守りたいものを守る為にとか、何が何でも意地に代えて相手を倒すとかいう感情がな」


「……そうか、負の感情と言う奴なのか?」


「そもそも負と決めつけるのでさえも個人的には早計だと思うが、言いかえれば魔術的な技術としては暗黒とも言える。憎悪を糧とした思いの力による補正、そのような事だ。夢を叶えたり才能に溢れた人間は生きる『理由』という物がある。だが、それが抜けた人間がその部分を埋めるには心意気しかないのだよ。アタッカーと化すなら周りに無い何かの能力を人に有無を言わさない程に徹底的に尖らせて、一撃必殺で仕留めるくらいでなければならんのだ。……まぁ無論、これは基本ができた上での事だがな。基本のなってない騎士が翼竜を相手に戦ったら、即死をするのは明白だ」


「……でも、何かに対して特化しているって事は別の意味じゃあるものには最も弱いって事になるじゃないか」


 中々に参考になる話だが、しかしこちらは言葉が腑に落ちないので反論をする。


「……そうだな。だが、平均的な人間は、この学校じゃ全く浮かばれんぞ」


 だがそれに対し順は眉を顰めて、告げてきた。


「よく周りを見て深く冷静に考えてみるがいい。……器用万能ならば周囲にちやほやされるだろうが、器用貧乏じゃこの世界にはありふれている。……それならば私のようにいっそ世間様から奇人扱いでも、魔法を強化魔法以外大半捨ててまでの接近戦超特化な人間の方がまだいいだろうよという事だ」


 続けて力説をしてくる。


「つまり、量産型は嫌いだって事か?」


「そう言う事だ。特進Bはまだしも大会で一線級のAクラスとやり合うには相応の抜きん出た力が必要だ。お前にしか出来ない事も、あるはずだしな」


 ――妙に、説得力のある話だ。


「――つまりはだ。私が言いたいのは勝ちたければ常軌を逸しろという事だ。……正統な連携が下手糞ならば個人技を徹底的に磨くしかないんだよ。……屈折した人間ってのはなぁ、こうでもなければ表に出る事が許されない。……私でさえお前に説得された今でも負の念は渦巻いている、だがそこを胸の中に押し込めてリベンジ欲に昇華させているんだからな」


 順はそこまで言い終えて自分の髪を、掻きあげた。


「――誰にも文句を言われない人間というのは無理だ。世界には脳内達人も居るからな。……事実、私が一番の時にも周囲は良い目を向けてくる人間は少なかった。……社会学のダリゼルディスも初の授業で言っているだろう、どんな聖人でも人に嫌われない訳が無い、とな。……ましてや人格破綻の上にただの人間である私が人に嫌われるのは当然だ、そうだろう?」


「……あぁ」


 意見に対しもっともだと思いぼそりと呟いた。


「……おい、そこでフォローはしないのかよ、流石に傷付くぞ」

 ところが順は、須賀谷が自分の出した洒落を無視して否定しなかったのが苛立ったのか、不機嫌そうな表情をしてきた。どうやら、自虐に対し自分は嫌われてないと言って欲しかったようだ。


「――ん……あぁ、すまない」


 それに対しすぐに返事を返し、頷いて誤魔化した。フォローをしなければ。


「……全く、気を使えとは言わないが少しは考えて欲しくもなったぞ。……ところで士亜、人が新たな幸せを求めて行動を起こす動機付けの強さ、という公式を知っているか?」

 順はそれからむぅといった顔をしたが若干思案をすると、唐突に溜息をしながら訊ねてきた。

「――いや、知らないな」

 目線を合わせつつも首を横に振って、否定をする。そんな公式、知りもしないし覚えてもいない。習った覚えさえもない。


「……ほぅ。ならば言ってやるよ。……いいか? その式は現状への不平不満×結果の優位性×達成成果の見通しだよ」


 順は須賀谷が応えられなかったのをみると残念そうな表情をして、そう続けた。


「……どう言う事だ?」



「私に喩えれば、不満と欲求は私を留年にした奴らに一泡吹かせる事。×結果の優位性と言えば私を叩きのめした異界の餓鬼を八つ裂きにする事、これは奴らを倒せば汚い称号が消え失せる程一気に自分の評価が劇的に上がると言う事だ。……×達成成果の見通しは今はまだ絶望である事、だ」


「……ふむぅ」


 ――何となく、頷きながらも感覚的に意味が分かる。


「説明が下手なのは自分でも理解しているが、分かってもらえられなければ無理に分からなくてもいい」

 順はそう軽く自身の顎先を触りながら言うが、意味は此方に伝わっている。要は動機付けには先に見える光が必要だと言う事だろう。


「……でも、順の場合は……具体的な数字にしないとイマイチ分からないんじゃないのか?」


 須賀谷は疑問を投げかけた。改めて考えれば正しい話だ。数値化しない公式など、実感としてさっぱり分からない。


「……それならば、3×999×0・001とでも喩えるしかないな、今のところは」


 すると順は浅く顔を歪ませ、肩をすくめて溜息を付きながら吐きだしてきた。

「随分絶望的だな、今の計算からすると2・997か」


 須賀谷はやれやれとしながらも、困った表情をする。


「……そうだよ、……だからこそ私は今まで感情を我慢して塞ぎこんでいたのだ。それを引き出したのが士亜、お前だから責任は取って貰うつもりだ。お前にも私と同様に、理想や目標が有るのだろう? 自分の命を賭してでも、私を引っ張り上げてまででもやりたい事がな」

 そのように言い終えると順は自身の目頭を軽く擦る。そして、ゆっくりと首を曲げると、壁の時計を凝視し始めた。



 ……注意深く見ると彼女の表情が僅かに、疲れたようにも見えた。

 辛い事を、思い出させてしまっただろうか?

 そう感じ少し、反省をする。謝罪するべきだな、これは。

「――すまな……」

「謝るには及ばんよ、私が勝手にささくれているだけだ」

 しかし須賀谷が謝罪を言おうとしたところで、発言が遮られる。

「それはどういう事だ?」

「かつての同級生を先輩呼ばわりしているという屈辱の事さ……私は人間として駄目なのかなってな……」

「いや、順はいい女だと、思うぞ」

「――そう言ってくれるか。有難いな。どうも話が過ぎたようだ。よくよく考えたら時間ももう遅い。……取り敢えずのところは今日はこれで終わりにしよう。解散だ。その代わり明日からは毎日校舎の周囲5週と腕立て300と素振り4000を欠かさずやる事、分かったな?」

 順は壁の時計に視線を向けると急に勝手に、特訓の終了を宣言する。それからさっさと兜を脱ぐと自分のバッグのところまで歩いていき、白いタオルで顔の汗を拭き始めた。

「お……おい」

 既に夕方ではあるが強引だろうと言おうとするが、またも割り込まれる。

「今日は私自身もそんなに準備をしていなかったからな。……私の身体も本調子ではないし、昨日のシステムの起動で多大な魔力と体力を使って疲れたのだ。……お前も汗を掻いたままだと風邪をひくぞ、一度シャワーに行って汗を落としてこい。じゃあな、また明日だ士亜」

 順はもう一度ふぅと大きく息を吐くと須賀谷が反応を起こす前に一方的に話を打ち切り、それから女子シャワー室に向かって踵を返し去っていってしまった。

 ――っ。

 俺は茫然と、立ち尽くしていた。今の反応は、明らかに不自然だ。

「……相手の気持ちを汲まずに、怒らせてしまったか?」

 そのまま独り事を、静かに吐く。

 ……らしくもない。会話を打ち切らせるとはそれなりに、考えている何かが有るはずだ。

 いや、だが。 今までの例からすれば腹立たしくなれば順は暴れた筈でもある。 しかし、今の順は暴れてはいない。それならば、怒ってはいないのだろう。

 ……頭の中で考えた上で、そう結論を出して思いこむ事にする。

(……むぅ)

「――まぁ、気にしても今は仕方が無いか。これからまた稽古を付けて貰えるのだし、徐々に順の性格に慣れていけばいいだろう」

 ――躊躇をする必要は無い、発想の転換は大切だ。そこで暗い考えに陥りそうになったので、慌てて思考を断ち切った。自分の悪い癖が出る前に、そうしておくのが正解とも思えたからだ。

「……思えば、かなり俺は汗を掻いているようだな。明日も特訓はあるし、急ぐ事は無いか」

 それから先程順に言われたとおりに、男子シャワー室へと向かっていった。今の環境では考えれば考える程に精神状態はマイナスに向かうので、これで良かったと思い直す事にした。

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