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順との会話

 次の日の昼休みになる。緋奥学園にある物静かな小トレーニング室の一つに、順を須賀谷は呼び出した。部屋の内装は、一般市民の高校の柔道場と体育館が複合したような感じである。

 部屋の一画に柔道用の畳がある程度で、基本はワックスを塗った床であった。

「どういった風の吹きまわしで私が必要なんだ……? 須賀谷?」

 だるそうな顔をしながらも順が一つ、背伸びをして須賀谷の方を見、ゴキゴキと首を鳴らしてきた。今一つ事態が、呑み込めていないようだ。

 ――だが、こちらは既に覚悟がある。

「いきなり切り出させてもらうが、お願いがある、一時的でも構わないんだ。まだ順、君は今年度のパートナーが決まってはいないだろう?」

「あぁ」

 順は軽く、頷いた。

「賞金に興味は無いんだ、全てそちらの自由にしていい。大会の規約は、男女がペアで無ければならない。だから俺が大会に出て勝つ為に、力を貸して欲しい」

 須賀谷は緊張した面持ちをしながらもそう言って、もう一度頭を下げた。

「ほぉ……」

 こちらに対し順は、キョトンと驚いたような顔をした。そして数拍、考え込んだような表情をする。

「……そうか。だが、残念だな。強くなりたいのなら他を当たって欲しい。……今の私には、目標なんてものは無いのだ。あまり興味が無くてな、戦いには」

 しかし順は少しして近くの壁を一瞥すると首を横に振り、すぐにそう返してきた。

「……何っ」

 やはりというか、そう答えるのは予想出来てはいた。しかし、こうも即答だとは……。

「それは何か……理由があるのか……?」

 だがこちらも引き下がるわけにはいかない。疑問に奥歯をかみ締めつつも、理由を聞いた。

「態度はともかく、――頼みを断るのに理由がある必要があるのか、と言いたいが……一応隣席で関わってくれている事だしな、話してやろう。お前にはまだ分からないだろうが、人生には疲れってのがあるんだよ。私はそれなりに人生で苦労していてな。生きるのが嫌になってきてしまったんだ。……どうせ報われずに骨になるなら何もしなくていい、心がすり減るなら目を瞑っている方がいいという考えでね」

 すると順は素直に、何かを諦めたような顔で語ってきた。嘘をついている風でも無い。本当にそう思っているらしい。……疲れたと言う事なのか。

「そんな悟ったようなことをっ……」

 言葉に詰まる。ある程度の質疑応答には答えを準備をしておいたが、問いに問いで返されるような事では捲し立てる事が出来ない。

「……お前には怒るつもりがないからはっきりと言ってやる。私はもうね、終わってるんだよ、人生が。もう底辺なんだよ、廃棄物なんだよ、諦めているんだよ、毎日を。……人らしい生活さえ送れてはいないんだよ、馬鹿みたいにな。貯蓄が切れて身体を壊したときが、私の死ぬときだ」


 その間に順は自嘲的に笑いながらも、そう言葉を続けてきた。言いたい事は痛い程に共感が出来る。……この世の中は『本当の』弱者や敗北者に対してはあまりにも厳しい。平凡に生きる事でさえやっとだ。しかし、そう言うものの彼女だって、それは本心でないはずだ。

「自虐は止めてくれ。……そもそも学校に通っている事事態、未来を考えてるって事だろ」

 須賀谷はまっすぐに順を見つめた。……此処で彼女の協力が得られなければ、タッグ戦では自分に勝ち目が無い。だから須賀谷は事情は分かるがなんとしても、今ここで順の力が欲しかった。

「通わされている、とも言えるな。……人生を潰された人間がいい顔をする訳がない。私の称号は【†産廃†】だ。正直もう私は自分の存在価値も生きる道さえもが分からないんだ」

 すると順は節目がちにそう答えた。

「それだけなのか?」

 静かなトレーニングルームに須賀谷の声が響いた。

「……何?」

「称号が嫌ならさ、勝てばいいじゃないかよ……? 俺は、俺の夢の為にあんたに協力して貰いたいんだ!」

「……夢? そんな物は寝て見るものだろう基本的に。大体なんで私がお前に協力しなけりゃならん? 虫が良過ぎないか?」

「……あんたに力が有るからだよ、俺はあんたを……勝ち抜く為に必要としているんだ」

「……何だと?」

 順は目を丸くする。

「……悔しいが俺は落ちこぼれだ。 才能は無いし何をやったら強くなれるのさえ分からない。だが教室の時に見たあの力、あれを見て俺は驚いたんだ。俺が強くなる為にあの力の出し方を教えて貰いたい。俺は倒さなければならない奴が居る、そいつをどうにかしないと俺は困るんだよ、死ぬほどに」

 そのまま、手を差出しながらそう言い切る。自分は勝ちたい。諦めたくはない。その為には必死で喰らい付く。恥も外聞も知った事ではない。

「私をおだてているつもりか? 首都にある武下通りの路上騎士スカウトにしてももっとマシな事を言うぞ。人を乗せるつもりにしても、そうはいかんよ」

 だが奇妙な人間が現れたとばかりに、目の前の順は顔を顰める。何か怪しむように、そう、訝しむように。

「いや、俺は説得をしているつもりだ。……あんたにしかできない事だよ。私欲としてもな」

 それでもそうやって熱意を込めて誘うように今度は言うと、順の瞳の奥が少し動いたのが分かった。心無しか空気も変化したようにも思える。

「――私欲?」

「あぁ、私欲だ。俺にはやらなきゃいけない野望がある。俺を小馬鹿にした人間に思い知らせたいと考えている事がある。その為なら何だってする、対価は払う。……力を見せて欲しいんだよ、その力で俺もエースになりたいんだよ……!」

 そこで、頷きながらも返事を返す。この世界で自分を通す為には力が強くなくてはならないのは当然だ。

 ――だから今、自分は力を欲しているんだ……!

「私欲か……説得の為に自らそんな言葉を持ち出すとは、多少は面白い事を言うじゃないか。歯の浮くような綺麗事を言ってくると思ったが妙な奴だな」

 するとこちらの言葉を好意的に解釈をしたのか、順の顔に笑みが出たのが分かった。

「本気の俺なんだ……。斜に構える必要はない」

 そう言い返す。

「しかし、私の意見は先程の通りだ」

 だが、私情は意見とは無関係のようだ。――向こうはさらに続けてきた。

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