第九話
外れていた肩を力まかせでもどし、ガエンと愛馬の無事をみると、クァバルはくずれ落ちるように胡坐をかいた。
意識をとり戻したガエンはこめかみを押えながら立ち、それでもすぐに姉妹のほうへと向かう。女たちが精妙にもつれあい、一個の別のものとして形成された異様をながめ、いたく感心したようにつぶやく。
「うん……オギュギアの蜘蛛、あるいはパラスの置き土産」
「なんだそりゃ?」クァバルが訊くと、
「これはおそらく神々の古き庭よりきたものです。今の世に許されるようなものではありませんから。――ところであなたは、それで、これを?」
眉をひそめ問うたのは、満身創痍とみえるクァバルがいかにして槍を使い、とどめの荒業をなしたかという意味だったが、これに当人は右脚を二度叩き応えてみせる。そして立ちあがり、女の体に刺さった槍をひき抜くと、ひとふりで鮮血を払い持ち主へ返す。
「コイツに関しちゃあ、どうも俺はオマエのように器用にはあつかえん」
「いいえ、お見事です……」
「おい、あの人はどうした?」と急くようにウィルが割ってはいる。「ここにはいないぞ、あの赤毛のご婦人だ! あの人はどこにいる?」
一度はひとり逃れようとした自分を強く思いとどまらせた、悲しげな眼の女のことを尋ねる。
そこで再び館内へ向かったが、もっとも騎士たちの目的は女よりもその主のほうであった。
さがさずとも女はランプ片手に沈痛の面持ちで廊下にいて、気づくと待ち望んでいたように三人を二階へと導いた。
進むごとに例の鼻に染みいるような薬臭が濃くなっていき、やがてたどり着いた二階最奥の扉が開放されたとき、それは頂点に達した。むせかえるような臭気に顔をそむけ、しばらくの換気を試みてから部屋へ踏み入っていく。
かかげた灯りに主ジョン・ラハクの姿がうかびあがる。彼はいまおとなしく顔をうつむけて、全身をめいっぱい伸ばした格好で弱々しくゆれている。その足先は床についておらず、首にはあの蜘蛛の糸を束ねたとみえるものが巻きついていた。
「娘さんよ……これはいったい、どういうことだ?」
こと切れて蒼黒くなった首へ絡む糸にふれたが、クァバルの指には付着しない。あれとは別のものかと上をみると、天井一面が霧がかったようになっている。糸が綿のようにはりめぐらされ、主を吊りさげている物もそこから伸びていた。
女は答えず主をみて絶句したままで、代わりにいよいよ精神の限界にきたウィルが部屋をとび出し嘔吐した。
しかしクァバルが訊ねたのは主のことだけではなかった。
灯りを女より受けとって奥を照らすと、同じく吊るされた人間たちの姿が鮮明になった。
彼らの場合は両腕を糸に巻かれ、胸から腹までをきれいに四角く裂かれては、臓腑をまるごと抜きとられているようである。あの薬の臭いはこれらの腐臭を消すためか……それともこの部屋の卓上や棚にみえる、内容不明の容器やガラス器具の類が関係しているのか……クァバルは相棒をふりかえったが、ガエンにしても肩をすくめるばかりだった。
「私は、私は何も」初めて聴く女の声はかぼそく、ふるえていた。「旦那さまはここを訪れた方々をこのように……ここはおそろしい館なのです、旦那さまもお嬢さまがたも元は善い人たちでございました。それが、ここへお住まいをお移しになってからというもの……ああ神さまおゆるしください……あのような……おそろしいものになり果ててしまったのです」
そういって十字を切り、祈る手を額へとつけた。
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