第四話
田舎館の晩餐はじつに行き届いたものだった。卓上には新しいパンが照り映えし、乳白のシチューは湯気をまき、大皿には塩漬けの牛肉がとり分けられてもいて、席へ着けば艶めかしい娘の手が角の銀杯へ葡萄酒をなみなみ注いでいく。
そして客人たちの感嘆のなか、
「高きカーナの統治者へ、われらが行末に栄光を!」
ジョン・ラハクにより乾杯の音頭をとられたが、たしかに彼は非常なるもてなし好きとみえた。
たくみに興味をひくような話を繰り広げては、適度な頃合いを見はからい、娘たちに細かな指示をして客人らへつねに気を配っている。またこの場の食事は客と主人の分だけで、娘たちは侍女の役目に徹しているらしかった。
その会話のなかで、主人の出自がもとは初代アンジュー朝の宮廷式部官の家柄であったことも語られた。王朝の衰退とともに凋落し、以降はよくある話、そうした貴族へ向けられる耐えがたい衆目を避けるべく、ここを買いとったのだと自嘲する。それでも残された資産で日々の生活は十分に賄えているという。
「この葡萄酒にも助けられています。僧たちのつくった畑をそのまま引き継いだものですが、いまでは地元の酒場へおろすほどの評判なのです。そう、今日もその用事で娘がひとり町へいっているのですが、どうも帰りが遅いようですな……」
話のあいだ客人たちはというと、クァバルは肉をほおばる一方で指にパンを刺し、ガエンはいちいちもっともらしく相槌をうち、ウィルは食事も大してのどを通らぬまま黙って耳をかたむけているといったふうである。
と、ふいに主人の饒舌な口が止まり、硬くなった表情がウィルのほうへと向けられた。
「何だ? 無粋だぞ」
いらだった声にウィルはどきりとしたが、視線が自らの肩越しにあると気づいてふり向いた。娘たちとはちがう、みすぼらしい濃茶のガウンをまとった赤毛の女が立っている。あの回廊でみた悲しげな表情の女だった。
やはり歳はだいぶ若いようだが、間近でみるその顔はいっそう蒼白く、伏し目がちの瞳には暗い色が宿っているが、しかし風貌からはどこかはかない夜の美しさをもただよわせてもいる。思わず見惚れていると、細い手が静かにさし出された。
「これは……」ウィルはハッとして懐をさぐる。「ああっ、たしかに私の持ち物です」
女の掌には祖父の形見である象牙のロザリオがのっていた。おそらく庭沿いで落としたものであろう。
受け取って礼を述べると、女はわずかに表情をほころばせ、すぐにきびすを返していく。
扉の向こうに消えゆく後ろ姿へ、娘たちは嘲笑を投げかけ、またなぜかクァバルも妙な視線でそれを見送った。
「今のご婦人は……?」ウィルが尋ねると、
「ああ、忘れてください」ジョン・ラハクは手をふった。「あれは汚らわしい者です。つまらぬ不遜な女です。どうかお気にかけめされますな。――さあさあ(主人は手を二回打ち鳴らし)ここで娘たちの歌と演奏を聴いてやってください。――琴の準備はどうか? ……よろしい。それでは、およそ六十日ぶりの歓迎の音楽を!」
暖炉の前で椅子にかけた娘が奏者となり、そばの直立のふたりによる唱歌がはじまる。
それは妙なる琴の音が気だるくも甘い奇妙な旋律を奏でては、高い美声が奇怪な歌詞をくり返すものだった。
花嫁探しの詩人のように、彼はいずことたずねれば、
いまは案山子の袖のなか、いまはまろがる雲のなか、
明るい夜は門下をくぐり、しらみなぞより厳めしく、
銀絹仕立ての宮内まよい、王のずぼんにしがみつく。
あれとうかれて骨埋めて、かりそめ装い御身は静か、
呼んでも蹙んで夢うつつ、明暮ゆらめき出てこない。
俗謡とも聖歌ともつかぬ初めて耳にするような不可思議の音色に、訪客たちは圧倒される。
しかし楽人たちの父親は、胸うちで一族の在りし日の栄華を思い起こしているかのように、両手の指を組んでじっと動かず、落ち窪んだ瞳に涙をためながら聴き入っていた。
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