第三話
外から一転した光景に呑まれ、男たちはしばし唖然とする。
そして我にかえっては腕をひろげ、クァバルが感嘆をしめすと、背の低い、白髪で痩せ細った男がきてうやうやしく礼をした。点在するしみや深いしわがかなりの老齢を思わせたが、物腰は若々しく、顔立ちからはかつて相当の美形であったこともうかがわせた。
「騎士さま!」ジョン・ラハクと名乗る女たちの父親はいった。「なにゆえこのような田舎者の家を訪ねてくださったのか、それはあえて聞きますまい。いいえ、あなたさま方のご素性は、その籠手に刻まれましたる三本槍がすでに示されております。いまの世でカーナ王の紋章を見誤る伝令官などに、はたして仕事が務まりますでしょうか……。さあクレア、ハンナ、御客人たちのため急いで石炭の補充を。チェルシィは、タバサとシエナのもとへいって晩餐の支度を早めるよう手を貸してきなさい!」
美しい雌羊たちが主の角笛にしたがい始めると、食卓が整うまで客人たちは宿坊へと案内された。クラリスとタリアという歳のころ十四、五とみえる娘ふたりが通路の左右に立ち燭台をかかげて先導する。どちらも腰までの髪をひとつに編み、はたからは区別のつかぬ様からして双子であるようにみえ、また彼女ら含め娘たちはみな父親に似ていることも気づいた。
月はいま明瞭のようで、暗い廊下のところどころには窓の形に青い光が落ちているが、相変わらず漂うあの不快な臭いと、予期せぬ急な歓迎が、訪客たちの胸をなにか落ち着かせないでいる。
人数分の部屋を断り、共同寝室へ通してもらうと、無装飾の広い空間に板張りのベッドが一基ずつ両端にもうけられていた。
やつれ顔のウィルがその一方へ腰かけようとしたところ、大きなコオロギが乗っていたので、乱暴に打ち払おうとしたのを娘の一人が止めた。
「ここを訪れたものは、みなお客さまです」
無垢の笑顔に、ここが元は修道院であったことを思い出し、ウィルは大いに恥じいった。
娘のほそい指が暗色の虫をやさしくつつみ、もうひとりが窓際の机に燭台をおくと、姉妹はそろってお辞儀をして出ていった。
「なるほど、今夜はここで貴殿らと過ごすわけか。さぞくつろげることだろうな」ウィルがたっぷりの皮肉をこめていうと、
「俗な勘ぐりをするな」クァバルが窓外を眺めながらつまらなそうに応える。「夜通し眠るのはおまえひとりだ。俺たちは交代で番をする」
「あなたはわれわれにとっても大事な客人ですから」とガエンも笑みを深めた。
ウィルもそれは承知していたが、大事なのは身柄のみで、そこに自分の命が含まれているかは疑わしく思っていた。そもそもいま降りかかっている災難は、三代前のネル・イー・ブリナホンより因を発している。彼の曾祖父は当時のカーナ王と懇意の仲であり、毎月の終わりにはどちらかの邸宅で札遊びに興じる約束だったらしいが、この際の証文のいくつかが未払いであると現王が主張してきたのだ。
稀にある、貴族間の粗雑な借用運びが後代にめんどうをかけた形だが、それらが裁判で無効とされたにも関わらず、暴君リブスは法外な額の支払いをせまり当代の子息ウィルが人質として犠牲になったのだ。そしてこの手のもめごとの決着の末、王のもとから無事にもどってきた者のほうがはるかに少ないという事実が、更に一層彼の心を暗澹たらしめていた。
しばらくして、支度のできたことが告げられ客人たちは晩餐へと向かう。
その途中ウィルは天井の暗がりで何かうごめくものに気づき、ふと顔をあげた。
柱のアーチ箇所に広く蜘蛛の巣がはられている。そこには先のものとそっくりのコオロギが捕えられて、そばでは黒い主が脚をせわしなくし、幾重にも獲物を糸に絡めている最中であった。
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