第二話
二人の騎士と一人の若者の前に現われたのは、僧院には似つかわしくない美貌の女でした……。
尼僧とも思えぬ女は、しかし勝手知ったそぶりで歩みきては一同の前で膝を低める。
「これはご婦人」右手を胸にあてクァバルが応じる。「無作法な訪問をおゆるしいただきたい。カーナの王リブスに仕えるクァバルと申す。これなる連れと共にグランジよりバリムーンへ向かう中途で道にまよい難儀しておりますゆえ、一晩の宿を借りたいむね院長殿へお伝えねがいたい」
荒い地声をやわらげ、幅広い体をまるめた格好はこの者の精一杯の慇懃であったが、獣染みた太い鼻と、するどい琥珀の眼でうかがう姿は、供物を前にしたミノスの牛さながらにもみえた。
だが女は臆すふうもなく笑みを返すと、「院長はおりません、ここはもう僧院ではないのです。いまはわたくしたち家族の住まいになっております。わたくしの名はモルガナと申します。あれにみえる厩舎へ馬をおかれましたのち、父のもとへご案内いたしましょう。父は客人をもてなすのを何よりの得意としておりますから、この来訪もきっと喜ぶことでしょう」
いわれたとおり馬をつなぐと、三人の男たちは美しい案内娘に付きしたがった。騎士たちは雑具入りの鹿革袋をたずさえ、馬上の捕らわれ人であった若者――北グランジの貴族の息子で名をウィル・オー・ブリナホンといった――も、いまは縛めを解かれて、手首にのこる縄のあとをさすりながら、周囲からくる強い膏薬めいた臭いに顔をしかめていた。
――回廊にふきこむ風が運んでくるものだろうか?
と、横に広がる中庭へ目をやると、斜向かった周壁の窓に女の半身がみえた。手にした蝋燭の灯でうかんでいるらしい、先の女とはずいぶんちがう悲しく陰鬱な表情に、彼はつい眼をうばわれる。
その姿がふっと闇に消えた。一瞬のまぼろしをみたかのようになり、つと視線をはずした先に先刻の馬屋があった。
両手の自由のきくいま、機会をうかがい隙をつけば逃げおおせられる……館内より中庭をぬけ、馬を奪取するまでの経路をひそかにはかろうとする。
「“汝、度を越すなかれ”」
おだやかな声にはっとして隣りを向くと、灰色の瞳の端正な横顔があった。微笑をたやさないガエンの締まった細面は、その涼やかな声もあいまって、まるで王侯酔わす弾唱詩人の柔和さを思わせる。
実際、「心静かな夜を――」と先ほど縄を断ち切ってくれたのもこの男だったが、しかし彼の一言でウィルの反骨の気概は直ちにしぼんでしまう。
騎士の肩にはその長き黒髪とともに槍がかつがれている。柄も刃も常の長槍とはサイズのちがう、まるでゴート族のもつイベリア槍のごとき重鉄の得物は、ほんの今朝がたには、ウィルを乗せて逃走する馬車のうしろ九十ヤード以上から放たれ、客室を貫き御者台の護衛と馬の首とを縫いとめたのだった。
「まさか、あなたに当てるつもりなどありません。車輪の傾きで室内の位置はわかりましたから」などと捕らわれてから言われたがウィルは信じていない。あとはこの凶猛な追っ手らを迎え撃つべく雇った手練れたち十人に期待したが、その時にはすでにクァバルのただの一刀で、それらすべてが斬り伏せられていたことも後に知らされた。
もはや館外の陽は落ちきるようで、明かりもほとんどない暗いなかを、ランプもなしに女はすべるように進んでいく。
あたりには相変わらずほかに動くものの気配がなく、騎士たちの鋼の靴音ばかりがさびしく石床に響きわたっていたが、やがて屋内廊下を一度曲がって突きあたりの両開きの扉までくると、
「どうぞ、こちらです」女の声とともに光があふれてきた。
押し開かれた扉の向こうには強い暖炉の明かりがあった。赤いクロスの長い卓上には無数の燭台がおかれ、その枝分かれの灯が室内の家具や原色的なタペストリーをいっそう濃いものにし、そしてここにもやはり華やかなる女たちがいた。
齢はまばらだが皆モルガナによく似ていて、ある者は長椅子に脚を白くのばし、ある者はそのうしろより腕をからめた姿で、睦まじい様子のままとつぜんの来訪者におどろくでもなく、むしろそろって碧眼を細めては慈しむように微笑んでさえいた。
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