第一話
ぶらさがって祈れ、あわれな娘よ――。
それだけが罪をあらう唯一の手立てであろうが、
苦しみは血の一滴途絶えるまで止むことはない。
オウィディウス『変身物語』
ある時代においてカーナは悪名高き王に統治されていて、その臣下たちのなかでも特にクァバルとガエンの名はよく人々の口端にのぼっていた。
彼らの剣は渇きを知らずして、騎士にあるまじき技をふるい、王の野望こばむ者のもとへ血濡れの帳を下ろしにゆく――。などという悪評がその内容で、またそうしたさいに彼らが駆っていくのはいつも、百戦くぐりの隻眼の黒馬と、銀毛の駿馬であることもよく知られていた。
実際それらの馬は、その日の夕間暮れにはすでに五十マイルの道のりをすすんでいて、先行く黒馬の上のクァバルは周囲の木々の陰りゆくさまにいらだち、ずいぶん前から無口でいる。
その後ろのガエンは馬上にはなく、長槍を肩にかついで灰馬の手綱を引き歩み、騎乗しているのは栗色の髪した痩躯の青年である。まだそばかすのみえる色白の肌に、唇を固くしめた暗い表情をして、後ろ手に縄打たれた格好で静かにゆられている。
不意に先頭が速度を増し、薄暗い森のなかを突き進んでいくや姿がみえなくなった。
しばらくして、なにやら怒気を含んだような赤ら顔をこちらに向けて戻ってくると、
「おい、僧院だ!」眉間にしわ寄せた荒々しげな口調でいう。「砦や城ではない、あの屋根からするにシトー会のものだろう。……ちくしょうッ、これで野営はまぬがれたぞ!」
その様子に馬上の若者が冷えた視線を送っていると、
「お気にならずに。あれでも彼流によろこんでいるのです」と、側のガエンが涼しい顔でいった。
暗がりの鬱蒼をぬけるとたしかに蒼い屋根が見えてきた。
窓の多いモルタルの建物は今日最後の光を一身に浴び、手前にある葡萄畑に大きな影を落としている。
その収穫をおえた葉ばかりの陰気な畑を横切っていくと、やがて低アーチ状の柱がつづく渡り廊下前まできたが、森閑として人気がない。
帷子をはち切らんばかりの隆々たる体躯が、似合わぬ軽快な所作で下馬すると、そのクァバルへうながすように黒馬が右へ向かって低くいなないた。
見れば、本館よりはなれた礼拝堂近くに細い人影がある。
男たちは思わず息を呑んだ。
近付くにつれ影より生じ来たのは、およそ寺院には似つかわしくない姿にみえたからだ。
厳かに歩む脚とあらわな腕がまとうた絹を白くゆらめかし、頭にはリンネルの髪覆いにほつれた金毛をのぞかせて、暗いなかでもまるで淡い光を放っているかのようなその様相は、修道よりも哄笑と酒盃入り交じる宮中にこそふさわしいような美貌の女であった。
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