テルガ
白の空間から抜け出し、自分の体の瞼を開ける。
はじめに目に入ってきたのは、少し古びた感じの木でできた天井だった。よく干された、太陽の香りのする布団の上で私は横になっている。さほど広い部屋でもないが、自室として使うには問題ない広さだ。少し頭を横にすると、ルカが地面で転がって寝ているのが目に入る。
体はだるいが、動けないほどでもない。
もっと自分がいる置かれている状況の情報を集めるため、体を起こそうとして気づいた
(・・・左手と右足が動かない。)
千笑の手足の片方づつは動かなかった。あの事件で、あいつに傷つけられたからだ。あの時の傷は深く、出血多量で死ななかったのも、手足を要り落とさなくてよかったのも、ほとんど奇跡だ。
しかし動かないからといって、特に困ったことはなかった。私の世界の発達した技術のおかげだ。動かない手足に特殊なバンドをはめることで、脳にうめこんだチップがそこへ指令を出して思い通りに動かすことができた。まあ、そのバンドも万能ではなく、充電が必要だったので、充電するためにはずしている間は動かなかったわけだが。
普段は寝ている間に充電したが、仕事の関係で徹夜したり、どうしても充電できないこともよくあった。そのため、バンドがなくても松葉杖さえあれば、ある程度動き回ることができる。
そんなこんなで私は難なく体を起こし、ベッドから足だけ下ろして座ることはできた。
しかし、頭の方は混乱している。
いや、だってこれはリュリアの体だぞ?あいつに傷つけられたのはリュリアじゃない。千笑だ。
なら、この体が動かないのはおかしくね?
そこまで考えて、私はあることに気づいた。
(・・左手と右足は動かない。なら・・・)
私は、今着ているこちらの世界のものであろう服のボタンを3つ開け、左肩を出した。
そこには、痛々しい、大きな傷跡があった。千笑よりも格段に白く、きめ細やかな肌に乗っかっていることで、その傷はより一層存在感があり、痛々しかった。
(やっぱりな。傷跡も残ってるとかどういうことだよ。体は変わったんだよなぁ?髪がすっげ長いし、肌白いし、それは確実だ。)
リュリアは、肌がここまで綺麗だと、顔がいいっていうのもあながち、リーレンのお世辞ではないのかもなー、などと、どうでもいいことを考えながら自分の手を眺める。
(・・・まあ、傷については考えてもわからないのだから、深く考えるつもりなど毛頭ない。今度リーレンにでも聞こう。・・・でも・・。・・ただ・・・・)
ただ、私にはこれが呪いのように感じる。
あの事件を私が忘れないように。私の大切な人たちがいなくなってしまったあの日を、私の記憶に残そうとしているように。・・私が、あの事件を忘れて新しい人生を歩むのを邪魔するように感じる。
お前は、あの事件を忘れることは許されない。 お前はあの日、母を、兄を、姉を、そして俺を殺した。
俺は、お前があの事件を忘れることを許さない。 俺はあの日、お前に呪いをかけた。
永遠に苦しみ続けろ、とな。
私には、この傷が、あの日死んでいった、いや、私が殺したあの男が、そう言っているように感じるのだ。
そんなことしなくても。そんなことをしなくても、私があの日を忘れることなど、あるわけないのになぁ。この先、私がどんなに幸せになったとしても、消えてしまったあの人たちを、そして、私が消したあいつを、私が忘れることはない。忘れて、あの日犯した罪を、家族を殺した自分を許すことなどできないというのに。
家族を殺したのは自分だ。あいつから守ることができなかったのだから。
許されたいとは思っていない。しかし、それでみんなの気が少しでも済むというなら、私は喜んで、新しい体に、古い傷を刻もう。そうすることが、あの男の願いでもあることは少々不服だが。
「・・・ん・・」
そんなことを考えていると、隣で寝ているルカのうめき声が聞こえた。
私は急いでボタンを締め、傷を隠した。ルカは、昔からこの傷を見ると、悲しそうな、いらただしげな、それでいてどこか不安そうな顔をする。だから私は、この傷をなるべく見せないようにしてきたのだ。
それがあたりまえになっていたので、今回も、反射的にボタンを閉めた。
ルカはきっと、リュリアの体にも傷が残っていると知れば、またあの顔をするだろう。
(しばらくは、傷があることは黙っていよう。)
どうせすぐに手足が動かないことはバレるが、ルカにあの目をして欲しくない。そう思った。
ボタンをしめて、ルカに声をかける。
「ルカ、起きて。・・ルカ」
「・・・ん・・。ねえ・・さん!!??」
ルカが勢いよく起き上がる。
「シー!静かに。人がおきちゃうでしょ。」
「!・・ごめん。それより姉さん、平気なの?いきなり発作起こすし、薬飲ませたけど、完全には発作が収まらないし・・・・。今までは薬さえ飲めば収まったのに。姉さん、無理、しないでよ?」
「それが、そうもいかないんだよねぇ。」
ルカに心配はさせたくなかったが、話すべきことなのでリーレンに聞いた発作のことと、手足のことを話した。もちろん、傷のことは抜きにして。
「・・・というわけで、私には時間がないんだ。薬がなくなる前に、魔法を習得しなくちゃならない。多少、無茶はする。ごめん。」
「・・わかった。姉さんに死なれちゃ困るしね。でも、僕のことも頼ってよ?」
「わかったわかった。」
私は、私に甘い弟に苦笑すす。
「さて、私の報告は終わった。今度はルカが、ここに至るまでの流れを説明してくれる?」
ルカはひとつ頷き、話し始める。
「ふ~ん。ルカはテルガになにか聞かれたら、私が起きたら話すって言ったんだね?答えたのは、名前と年齢だけ。でも、彼は追求せずにいた。そして、私の看病をしてくれた。あってる?」
ルカは頷く
「そう。テルガはいい人、なのかもしれないね。でも、信じてはいけない。そうだな、この世界について何も知らないことを怪しまれないよう、私たちは記憶喪失、ということにしよう。覚えているのは自分たちの名前と年齢、私たちが兄弟であること、私は病気を持っていることとその他少しのことだけ。この世界のことや、自分たちがどこでどうやって生きてきたかは覚えてない。・・っていう設定で行こう。私たちは気がついたらあの[森]の中にいた。しかし、私が発作を起こして動けなかった。そこへテルガが来た。・・・OK?」
「OK。でもなんで、最初にいたのは洞窟じゃなくて森ってことにするの?」
「んー、よくわからないけど、あそこは人に軽々しく教えちゃいけない気がする。」
ルカは首をひねっていたが、承諾してくれた。
「じゃあ、テルガになにか聞かれたら、私が答えるから。ルカは私にあわせてね。」
状況報告という名の口裏合わせが終わった頃、ちょうどノックの音が響いた。
「ルカ、起きてるか?」
声から、同じくらいの年の男の人だとわかる。
ルカが返事をする。
「ああ、起きてるよ」
「リュリアちゃんの様子はどうだ?・・・・入るぞ。」
そう言って入ってきたのは、明るい茶髪と同じ色の瞳をもつ、整った顔の人だった。
私はベッドに座ったまま声をかける
「おはようございます、テルガさん。ルカから話は聞きました。ご迷惑をおかけしました。それから、ありがとうございます。」
私は、笑顔で挨拶をする。
するとなぜか、テルガさんは人ではないものを目にしたかのように驚いた顔をした。
(え、なに?私ってそんな、不思議な顔してるわけ?)
私は、今すぐ鏡をのぞきたくなる衝動に駆られるのだった。