2つ目の世界へ(2)
残酷描写、入ります。今回はけっこう重めの話になりました。
「そう。君の家族が、君と弟君以外の家族が、皆殺しにされた日さ。」
* * *
「あなたっ!やめて・・・!こないでぇぇぇぇっ!!!」
母の叫び声が聞こえる。
父がリビングでナイフを振り回している。
部屋の隅のほうに、3つの赤い水たまりがあり、その上に2人の兄と姉が横たわっている。
父がナイフを振り上げた。
私は動けなかった。
兄弟が一人ずつ父に殺されるところを見て、頭が働いていなかったのだ。
父がナイフを振りおろした。
水たまりが、また一つ増えた。
ああ、私は、兄弟との約束を守れなかった。私は母を守れなかった。
だから、せめて、こいつは私が殺そう。兄弟たちに任された役目を、果たそう。
「さあ、次はお前の番だ。」
父がこちらを向いて言った。
「いいや、お前の番だよ。」
私は笑って言った。
父がナイフを振りかざした。
私の左肩から、赤いしみが広がっていく。
父がナイフを振りかざした。
私の右の太ももに赤い線が走り、赤い滝が流れる。
ナイフが、勢いよくとんでいく。
私はナイフを拾い、父の首を狙って振りかざした。
父は飲み癖が悪く、金使いもあらい。また、女に関してもだらしないという、どうしようもない典型的なダメ人間だ。しかし、父は顔がよかったのだ。おまけに猫を被るのもうまい。だから、この男にはたくさんの女たちがだまされた。母もその一人である。
父は本当に最低な男で、猫を被って狙いの女に近づいている間に相手の弱みを握るのだ。この男にはこれをこなすだけの頭と知恵があった。そして、タイミングを計って相手を脅し、都合のいいように動かした。金を奪い取ったり、自分の仕事をやらせ、自分は何もせずに手柄を手に入れたり、無理やりベッドに寝かせることもたびたびだ。相手が家族を持っていても。
母は不幸なことに、父の本性に気づくのが遅すぎた。そのころにはすでに、私の兄2人と姉が生まれていたのだから。
母は何度も父の手から逃れようとしたらしいが、その都度失敗し、さらに多くの弱みを父に握られることとなった。だから母は父の言いなりになるしかない。
しかし母はとても良い人なのだ。自分がどれだけ不利な立場になってしまうとしても、子供を守ろうとしてくれる。
こんな母を、今度は自分たちが助けよう。そう言い出したのは誰だったろうか。いや、そんなことはどうでもいいか。とにかく、当時20歳で、家計を支えていたといってもおかしくない兄と、17歳で学校にも行けず働いていた姉、15歳だったもう一人の兄と、13歳だった私は約束をした。母を守ろう、と。そして決意した。・・・・父を殺そうと。それ以外にはどうしようもなかったから。まだ8歳だった弟には話はしなかった。警察を頼りにすることは、父の監視にっよてできなかったのだ。もしもばれれば、大切な家族の誰かが父に傷つけられる。自分ならまだしも、それだけは許せない。みんなも、そう思っていたと思う。
だから、自分たちでやることにしたのだ。
それに、当時13歳だった私が父を殺せば、そこまで重い罪には問われない。兄たちは反対していたが、説得させることに成功した。私は兄弟たちから、大切な役目を担ったのだ。
私は役目を果たした。
しかし、約束は守れなかった。
2人の兄と、姉、そして母はいなくなった。
私は家族を・・守れなかった。
* * *
「千笑はあの事件の後、精神状態がすごく不安定だったんだ。それで、僕、千笑をここに呼んだんだよ。少しでも元気づけられたらって。」
リーレンが私の頭に触れると、青白い光が現れた。
「っっ!あぁ……。全部思い出したよ。・・・久しぶり、リーレン」
「うん!久しぶり、千笑!また会えてうれしいよ。」
「うん。私も。」