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「何だよ兄貴。無事に出て来れたなら先に連絡くらいしてくれよな」
浩平から電話があった。至急の用事があるから今すぐに自宅に来たい、と。声の様子から浩平が非常に混乱している様子が窺えた。何か警察に勘付かれたのか?瀬崎はその心配をしたが、その数分後に真由から送られてきたメールによって、浩平が何をしに自宅にやってくるのかを知った。
<お義兄さんが来たよ。何か有川先生の事を聞いてきて、変な写真見せられたけど、準平大丈夫?何か危ない事件に巻き込まれてるとか言っていたけど>
浩平にバレたのだ。浩平の読みの深さや鋭さは知っていた。しかし、それはあくまで<弁護士瀬崎浩平>の姿だと思っていた。この一連の事件で浩平が見せた新しい姿、どこまでも保守的で、事なかれ主義な一面。そんな姿ばかりを見てしまったからか、まさかこの計画に一番最初に気付くのが浩平だとは思わなかった。完全にノーマークだった。
「準平。時間が無いから単刀直入に聞くぞ。お前、この一連の事件、どういう関わり方をしてる?」
浩平はリビングテーブルに腰掛けもせず、立ったままそう言った。単刀直入に聞くと言った割には随分と遠回しな聞き方だ。実はこの一連の事件の黒幕は弟だった、という事を信じたくないのだろう。だが、逆にそういう聞き方が、浩平が瀬崎の黒幕を確信していると証明している事にもなった。
「どういう関わり方?意味が全然分からないな」
「お前、本当に被害者なのか?」
一つ一つの言葉を慎重に選んでいるのが手に取るように分かる。そこまで知られているのなら、もうシラを切っても意味がない。
「被害者か・・・。まぁ被害者といえば被害者だよ。金森愛に関してはね」
「ど、どういう・・・意味だ?」
「どういう意味って、兄貴分かってるんだろ?」
「まさか・・・本当に、お前が?」
「おいおい。まさか俺が殺したなんて思ってないよな?」
笑いながら瀬崎がそう言うと、浩平は黙った。本当に瀬崎が殺した、という可能性も考えていたのかもしれない。何より、瀬崎自身のこの変わり様、瀬崎準平の本性を見てしまった驚き、不安、焦り、憤り、様々な感情が浩平の表情を堅くしているのだろう。
「兄貴には知って欲しくなかったよ。真実を」
これは瀬崎の本心だ。浩平には何の恨みもない。ただ、今回の事件で浩平の地位、資格、頭脳を利用したかっただけだ。しかし、真実を知った人間が存在していては困るのだ。
「いや、正確には真実までは辿り着いていないんだろうね。せいぜい、有川保の写真が別人だった、という事が分かったくらいかな?」
浩平の表情がハッとした。瀬崎の推測が的中しているという証拠だ。
「まぁそれだけの情報で、俺が黒幕である事に気付いたっていうのは、さすが兄貴、と言わざるを得ないけどね。でも、これ以上知る必要は無いと思うよ」
「そんな事はない!俺は、兄として、真実を知り、お前に罪を償わせ、更正させる責任がある!」
「兄貴。甘いよ」
そう言って瀬崎が浩平から背を向けた。そのタイミングでキッチンに隠れていた中山が飛び出し、浩平の背後から襲い掛かった。咄嗟の事に何も抵抗出来ない浩平の顔面を中山は殴打した。倒れた浩平に薬を嗅がせ、浩平は完全に意識を失った。
「あまり苦しめないであっさりとやってくれ」
瀬崎は中山にそう言った。
全てが終わった日から約二ヶ月が経った。瀬崎の自宅には真由も戻り、結婚へ着々と準備を進めていた。瀬崎は一連の騒動で経営が傾いた全日本不動産をいち早く退職した。次の仕事をすぐにでも探そうと思ったが、結婚式が間近に迫り、これまで準備等は全て真由に任せていた事もあって当面は結婚準備に時間を割く事にした。
この日も瀬崎は会社員時代では考えられなかった朝九時に起床し、真由が作ったトーストとコーヒーを飲みながらテレビでニュースを見ていた。ぼんやりと見ていたニュースに全日本不動産の報道が流れると、瀬崎はトーストを食べる手を止めた。
「全日本不動産が民事再生の申立を行った事が明らかになり、事実上の倒産となった事が判明致しました。
元本社営業部部長、平沼輝夫被告による詐欺、違法薬物売買、殺人等の複数の事件が原因で、同社に対する信用は急激に低下し、株式においても連日ストップ安になる等、瞬く間に経営状況は悪化していきました。そして、借入金、工事代金等の未払いが多額に発生し、債権者から次々に民事執行され、ついには民事再生を決断したとの事です」
「早く辞めてて良かったね」
ニュースを見ながら真由は言った。当然、真由は倒産に追い込んだのは自分の隣に座っている男だなんて思ってもいない。
「続いてのニュースです。最近、日本各地に新たな問題が発生しています」
特集のVTRに画面が切り替わった。テロップには<日本列島に新たな脅威!!死を呼ぶドラッグ!!>とある。
そして、リポーターらしき男が神妙な面持ちでカメラに語りかける。
「約一年程前、日本警察が全精力を挙げて撲滅されたと思われていた薬物、クリスタル。その薬物が、今、また日本各地で使用されている形跡があるとして、列島に脅威をもたらしています」
画面が切り替わろうとした時に、瀬崎はリモコンを手に取って、チャンネルを変えた。
長きに渡って手掛けていた本作にようやくピリオドを打つ事が出来ました。
「主人公が犯人」というのはミステリーのタブーだというのをどこかで見た事があります。確かに、これをやると何でもありのような作品になってしまう可能性が非常に高く、読者からしてみれば「何だよ」となり兼ねないと私も思いました。
実は、この作品、元々は平沼、有川が黒幕で終えるつもりでした。黒幕を瀬崎準平にしたのは物語の中盤でした。そのオチの方が面白かった、という自己の感覚と、最初から少し影のある瀬崎準平、そして、中盤で路線変更しても物語に矛盾が発生しないと判断しての決断でした。
しかし、後半。いわゆる伏線の回収は非常に困難でした。理想のどんでん返しをやるには伏線の張り方を間違えていたり、やはり途中で面白いオチが浮かんでそれを書こうとすると細かい矛盾が出てきてしまったり。
やはりいくら途中で面白い展開が思いついても当初の計画から大幅に路線変更するのは難しいのかな、と改めて思いました。そのせいか、自分で書いてても最後は少し尻すぼみした感覚です。
本作はとりあえず書き上げ、そして色んな方に見て頂き、そして改良を加え、よりいい作品に仕上げたいという気持ちは最初から変わっておりません。
皆様からのご意見を頂戴し、もっと良い作品になった暁には、この作品を新人賞に応募出来たりしたらいいな、と密かに思っております。