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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第6章 真相
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4

 やっと終わった。電話を切って、瀬崎は溜息をついた。兄の人生が終わった今日だけは酒を飲む気にはなれず、コーヒーを一杯注いだ。


 自分はおかしい。それは分かっていた。

 幼い頃から磨かれてきた他人の心を読み取る力、そしてその心を操る力の精度が増せば増すほどその気持ちは強くなっていった。


 成和建設の長島社長から平沼の不正を聞いた時、すぐに思い浮かんだのは平沼を陥れ、営業部長から引きずり下ろし、全日本不動産をひっくり返す事だった。別に平沼に恨みがあった訳でも、全日本不動産に恨みがあったり、何かを変えようとする気持ちがあった訳ではない。彼からしてみれば、単なるゲームなのだ。

 手始めに、瀬崎は長島社長に一つのプロジェクトを成和建設と全日本不動産で成功させる事を提案した。長島は躊躇したが、ビジネスとしても旨みのあったそのプロジェクトに最終的にゴーサインを出した。一方で面食らったのは当時の瀬崎の上司だ。成和建設との取引はタブーとなっている為、最初は即却下された。却下は当然だ。上司は何故成和建設と取引を禁じられているのか知らないのだから。

 しかし、長島と繋がっている瀬崎は知っていた。全日本不動産が成和建設との取引を禁止している訳ではなく、成和建設から全日本不動産の案件を全て蹴られている、それだけの負い目がある事を。そして、ビジネスの観点でいえば成和建設との取引が出来ない事が両社にとって明らかに不利益であることも。つまり、両社は互いを必要としている。特に負い目のある全日本不動産としては、どうにかして成和建設からの許しを得たい状況にあることを。

 案の定、ダメ元で上司が本社に相談した結果、すぐにゴーサインが出た。すぐに全日本不動産の社長から長島の所に連絡がいき、和解の意味を表した会食が行われたそうだ。当時の瀬崎の上司は不思議そうにしていたが、瀬崎からすれば当然の結果だった。

 結果的に、瀬崎が一手目として打ったこの作戦は、平沼に大きな動揺を与えたであろう。何せ、自分が加害した人間と取引が再開され、いつ、どこで、どうやって情報が漏れてしまうのか、気が気ではないのだから。そして、そのタイミングで瀬崎は平沼を脅迫した。名無しの手紙だ。古典的な方法であるが定期的に送られてくる脅迫手紙。しかも、内容は事実だ。これがプレッシャーにならない訳が無い。

 そんな時、瀬崎にとって願ってもいない話が長島から舞い込んで来た。元々のキッカケとなった成和建設の詐欺事件の実行犯の一人である神崎という男が億単位の金を持って、長島の元に謝罪、そして瀬崎を紹介してくれという依頼があったと言うのだ。

 神崎に話を聞くと、平沼は成和建設への詐欺事件が全日本不動産の社員にバレた可能性があると神埼に話したと言う。平沼のその焦りようは尋常ではなかったらしく、その詐欺事件を発端に芋づる式に平沼と神埼の数々の犯罪が明るみに出る事を神崎は恐れた。そして、平沼が恐れたキッカケになったのは、全日本不動産と成和建設が取引を再開した事だと言うのだ。

 そこで神崎は億単位の金を長島に支払う事で、詐欺事件に対しての謝罪の意を現すと共に、取引再開を成立させた人物というのを紹介して欲しいと言う依頼をしてきた。つまり、神崎は平沼を売るだけでなく、更に金を積んで自分の身の安全を買いたいという申し出なのだ。神崎の存在を隠す事は犯罪だ。だが、その存在を知るのは長島、平沼、そして瀬崎のみ。当事者である長島にリスクはあれど、瀬崎は万が一これら一連の事件が明るみに出た際にリスクは無い。

 瀬崎は長島に神崎が持参した金を全て長島が手にする代わりに詐欺事件について神埼の罪を一切水に流すよう説得した。あとは平沼をどう追い詰めて行くか、だった。


 瀬崎に誤算が生じたのはその直後だった。金森愛と有川保だ。

 金森愛と平沼が繋がっている事を知らなかった瀬崎は、金森愛の退職を機に平沼と立場が逆転してしまった。平沼より先に、自分が退職、良くても左遷に追い込まれる事態に陥るとは思っていなかった。平沼・神崎の詐欺事件は見事に証拠隠滅がなされており、事件を明るみに出すには平沼と神埼の証言くらいしか駒が揃っていない状況だった。その状況では平沼に攻撃を仕掛けるには時期尚早であり、リスクが高すぎる選択で、まだ事件を明るみに出す訳にはいかない。瀬崎にとってもこのカードは切り札なのだから。

 つまり、平沼は圧倒的な優位に立っていた。平沼は瀬崎を敵であると明確に認識しているが、瀬崎は平沼をカモとしか思っておらず、まさか平沼が金森、有川と繋がっているだなんて思ってもいなかったのだから。あのまま黙って瀬崎の処分が決まる役員会を待つべきだった。

 しかし、平沼は動いてしまった。それ程までに瀬崎の頭脳を恐れた。頭脳を恐れたにも拘らず、平沼の攻撃はまたも瀬崎との立場を逆転させてしまう事になる。


 それは有川保を平沼が使った事だ。これが平沼、神崎、そして瀬崎。全員にとっての誤算だった。

 平沼が瀬崎を追い詰める為に次に打った手は瀬崎の婚約者である真由をターゲットにする事だった。真由の存在は瀬崎から婚約者がいて近々結婚する旨を知らされていたのでその存在を勿論知っていた。そして、その真由を調べ上げる為に使ったのが有川だった。すると、真由の職場で真由に対してストーカー行為を行っている人物がいることが判明した。名前は有川保だった。つまり、真由にストーカー行為をしていた有川保と、平沼が真由を調べ上げる為に使い、一連の事件の実行犯である有川保は別人なのだ。

 では、一体この実行犯の有川保というのは誰なのか?それが、神崎なのだ。神崎は平沼を売って長島、瀬崎に取り入ったのだが、二人を信用しきっておらず、まるでコウモリの様に未だに平沼との繋がりを活かしていた。神崎は、この時はまだ神埼として(当然、平沼は当時は<有川>という名前を知らない)有川保を調べ、あわよくば瀬崎と同等の立場に立つ為に真由を調べた。

 瀬崎が神崎の裏切りに気付いたのは、金森愛がクリスタルに関与しているという情報を亮から聞いた時だった。金森愛の自宅からクリスタルの売買に必要なマッチが発見されたと聞いた時、真っ先に名前が浮かんだのは平沼ではなく、神崎だった。瀬崎はこの時点では平沼がクリスタルに関与しているとは知らなかったからだ。クリスタルの売買に関与した人間はその殆どが逮捕、又は死亡しているという情報を西川から得ていた事から、金森と神埼が繋がっている可能性を疑いながらも、瀬崎は手を出せずにいた。裏切りの可能性があるのならば、尚更だ。

 瀬崎が神埼の裏切りを確信したのは、瀬崎の自宅に金森愛が現れた日、つまり髪がドアに張り付けられ、切断された指を届けられた時だ。どう考えても金森個人の犯行ではない事は明白だった。そして、真由に関しても、有川保がストーカーだとしてもこの行為はストーカー行為からは逸脱していた。瀬崎の身の回りでこんな危険な行為をするのは神崎しか思い当たらない。神崎に裏切りの可能性があるのなら尚更だ。瀬崎は長島を連れて、すぐに神崎を呼び出した。

 呼び出した神崎を薬で眠らせ、縛り上げ、風呂釜に閉じ込めた。そして、温度を最高にしたシャワーを浴びせ続けると、神崎はあっさりと裏切りを認めた。そして神崎は有川を殺害し、有川の指を切断したものを金森に届けさせ、遺体は車のトランクに積んだままで、近日中に処理するつもりでいたという事も白状した。それを聞いた瀬崎は、体中に火傷を負った神崎に有川保の遺体を持ってこさせた。そして、神崎を有川の遺体と共に再び風呂釜に閉じ込め、ボイスレコーダーに神崎のこれまで犯してきた罪を洗いざらい告白させた。熱湯を浴びせ続けながら。神崎にとって、その時の瀬崎の行動、言葉、そしてその目つきは自身の根底に真の恐怖心を植え付けられるものであった。

 こうして、瀬崎は恐怖をもって神埼を完全に自身の支配下に置く事に成功した。本物の有川保と、神崎がなりすましている有川保のカラクリがバレては困るので、亮、浩平には神崎がそんな時に飯田が現れた。どういうルートを辿ったのかは分からないが、飯田は確かに神崎に近付いていた。瀬崎はすぐに新たに中山と名乗るように神崎に伝え、逆に飯田に近付くよう伝えた。飯田がどこまで知っているのかを見極める為だ。そして、瀬崎は指示の最後にこう付け加えた。


「邪魔になりそうだったらお前の判断に任せる」


 飯田は、瀬崎と中山の関係性にまでは勘付いていなかったが、自分が中山であり、有川であり、神崎である事には気付き始めている様子だった。そして、中山から見て、飯田という男は非常に危険な何かを感じるモノを持っていた。そして、中山は瀬崎の指示通り、自分の判断で飯田を殺した。

 しかし、ここにも中山の誤算があった。金森愛だ。当初は平沼の弱みを握る為、そして利用する目的で近付いた金森愛が必要以上に中山に依存してしまったのだ。

 飯田を殺すと決めたこの日。飯田の拷問中に金森愛は現場に現れた。言い逃れは出来なかった。確実に自分の油断であった。これを瀬崎に報告すれば、また何をされるか分からない。この時の殺人については金森愛の存在を瀬崎にも、平沼にも言う事は出来なかった。


 そして、瀬崎にとって最大のピンチは檜山という探偵だった。

 浩平が檜山という探偵を時々雇っているのは、過去に浩平の事務所に出入りしていた時に知っていた。この檜山という探偵は非常に優秀で、その業界ではかなり有名な人物だった。この一連の事件で浩平が檜山に依頼するのは目に見えていた。

 全てが明らかになるのを恐れた瀬崎は、中山を利用した。桜川と名乗らせ、まだ公になっていない情報を持たせ、檜山に近付かせた。情報の信憑性から、檜山は桜川を見事に信頼した。あの日、桜川と名乗って瀬崎と浩平の前に中山が現れた時は、さすがに冷や汗をかいた。

 そして、案の定檜山は真相に近付きつつあった。平沼の背中が彼には見えていた筈だ。平沼の正体がバレたら、恐らく自分の名前も出て来る筈だ。檜山と浩平にそれが知れたら、全てが明るみに出る可能性は高い。瀬崎はやはりここでも中山を使った。

 檜山から瀬崎法律事務所で打ち合わせをしようと電話を受けたあの後、瀬崎は中山にすぐに檜山の事務所に向かわせた。そして、中山に檜山を殺害させ、行き場を失った有川保の遺体を利用して、空想の人物である桜川を抹消する事にした。その為に、あれだけ遺体を損壊する必要があったのだ。


 こうして、瀬崎は裏で事件を操り、亮や浩平の前では完全な被害者を演じるだけでなく、不自然な面など全く見せないよう事件を真相に導いた。まるで、亮や浩平が自身で真相に近付いているように見せかけて。

 瀬崎が一番頭を抱えていた事は金森愛の処分だ。金森愛に危害を加えれば、間違いなく自分の名前が浮上する。つまり、彼女を消す為には、複数の容疑者が浮上する前にすぐに犯人を検挙させなければいけない。中山はまだ使い道がある為、金森愛を消す為にそのカードは切れなかった。だから、平沼が勢い余って彼女を殺害した事は非常に幸運だった。あのまま自殺であれば、やはり関係者を洗われる可能性があるからだ。

 結果として、非常に使い勝手のいい亮、浩平、中山を手の内に入れ、飯田、檜山、有川、金森、平沼は一掃する事に成功した。

 しかし、瀬崎の最後の誤算は実の兄、浩平だった。

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