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浩平は横浜に来ていた。
警察署を出てすぐに電話をした相手との待ち合わせの為だ。今、浩平はかつてない程の恐怖、不安、焦りを感じている。自分が立てた仮説があまりにも恐ろしいものだったからだ。大久保の話を聞いて、何を考えるでもなく、無意識に自分の頭に浮かんだ仮説。それがこの複雑な事件を何一つ矛盾する事なく、立証出来てしまう事がとてつもなく恐ろしかった。
「お兄さん」
通りに面したオープンカフェで座っていた浩平に声を掛けたのは真由だった。準平がよく実家に顔を出していた頃は真由も一緒に連れてきてよく食事をしたものだ。
「何飲む?買ってくるよ」
「え、いやでも」
「いいからいいから」
「じゃあ・・・・カフェオレにします」
浩平は微笑みながら頷いてカウンターに向かった。表情を見る限り、真由は何か警戒している様子だ。無理もない、二人で会うのは初めてだし、準平があんな状況では準平の身に何かあったのではないかと不安になるに違いない。
自分のアイスコーヒーと、真由のカフェオレを持って浩平は席に戻った。
「どうぞ」
「すいません、頂きます」
「真由ちゃん、久しぶりだね」
「ええ、ちょっと今実家に帰ってて。あ、でも準平さんと何かあった訳ではないんですよ?」
「うん、知ってる」
「え?」
真由は準平と別々に暮らしている事について何か言われると思っていたみたいだ。
「準平から話は聞いてるんだ。準平と真由ちゃんが面倒な事件に巻き込まれてるってね」
「え、準平さんも?」
「え?」
「いや、確かに準平さんの仕事の関係で、ちょっと危険な人達を相手にしているから少しの間実家に帰っていてくれとは言われました。その矢先に私が元同僚に付きまとわれてしまったって事がありまして」
そうか。準平は金森愛の事は真由には伏せていたのか。事情が事情とはいえ、結婚間近で女性問題でゴタゴタするのは芳しくないという判断だろう。準平らしい。
「あ、そうそう。そうだったね」
「え、それで、準平さんに何かあったんですか?」
「いや、そういう意味じゃないんだ。この前も会ったけど元気にしてたよ」
「そうですか、良かった」
「実はね、今日、真由ちゃんに来てもらったのはその元同僚の件についてなんだ」
「え?」
「その同僚の名前は?」
「有川・・・さんです」
「やはりそうか。実はその有川なんだけどね、犯罪者みたいなんだよ」
「えぇ!?」
「意外?」
「え、えぇ・・・。まぁ付きまとわれてたって事が判明してからは振り返ってみるとそういう目で見てしまいますけど・・・そうなる前の有川さんはすごくいい人でしたから・・・」
「そうなんだ。それは逆に意外だな」
そう。全ての違和感はこれだった。
有川保が名前と顔を変え続ける稀代の犯罪者である事は分かっている。しかし、有川については、まるで有川保という人物が二人いるかのような印象を抱く。犯罪者としての有川保、予備校講師で真由のストーカーである有川保。いずれも悪い印象である事に違いないが、いくら顔や名前を変えているとはいえ、あれだけの犯罪歴を持つ人間が一般企業である予備校で講師などするのだろうか?
この一連の事件はあまりに違和感が多すぎた故に、この有川保の違和感に気付けなかった。そして、浩平は今、その答えを得ようとしている。
テーブルの上に一枚の写真を置いた。真由はその写真を見るも、何も反応しない。
「有川、保・・・だよね?」
浩平が出したのは、準平が予備校から取ってきたという有川保の履歴書の写真を引き伸ばしたものだ。
「いえ、有川さんはこんな顔じゃありませんよ」
浩平の中で、全ての点が一本の線に繋がった瞬間だった。