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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第5章 偽りの真実
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 大久保は納得していなかった。四件の殺人事件が全て平沼が犯人だという件だ。金森の殺人事件に関しては本人も自白しており、証拠も揃っているので疑いようは無い。間違いなく、平沼が犯人だろう。

 飯田の殺人事件については、平沼の話では有川が犯人であるとの事だった。この事件、犯人に繋がる証拠は出ていなかったが、亡くなった飯田が大量に流した血液を犯人が踏んだ足跡があった。しかも、異なる種類の足跡が二つだ。この点から、犯人は二名以上である事は分かっていた。その内の一人が平沼だと言うのだ。確かに、証拠として平沼の毛髪が現場に落ちていた。平沼逮捕後にDNA照合した結果、一致した。紛れも無い証拠だ。

 そして、檜山、桜川の殺人事件。平沼はこの事件については、有川である可能性すら低いと指摘した。現場には飯田の事件同様に被害者の血液を踏んだ足跡が存在していた。しかし、この現場には足跡は一つしかなく、しかもこの足跡が、平沼の自宅にあった靴と一致し、その靴には当然のように血液反応が出たのだ。また、何故か平沼逮捕の直後に、この事件の目撃者であるという男性が現れた。目撃者が見た犯人というのは、平沼であると確定した訳ではないが、その特徴は酷似している。

 普通の事件なら何も疑いはない。現場に残された毛髪が、後に逮捕した容疑者と結びつくことなどは日常茶飯事だ。逮捕した容疑者が容疑を否認する事もむしろ当然のようにある。しかし、この事件だけは何故か納得がいかない。その原因は、平沼の話だった。取調べの時、平沼は言った。





「本題はここからです」


「本題?」


 平沼の笑顔は不気味だった。


「今、刑事さんはみなみというあの女を被害者と仰いましたね。あれは騙されたのは私なんですよ」


「なに?」


 みなみという女への殺人未遂事件について、大久保はほとんど聞かされていなかった。いや、報告書は回ってきていたのだが、平沼への取調べを優先して、目を通していなかったのだ。


「あれは瀬崎準平の罠でした」


「瀬崎、準平?」


 瀬崎準平は瀬崎浩平の弟だ。瀬崎浩平の身柄を確保したホテルの部屋の名前を取っていたのが瀬崎準平だった。瀬崎浩平がカムフラージュの為に弟の名前で予約したものと推測していた。


「本社営業部に二十代で異動された社歴きってのエリート。そして、成和建設との関係を復活させ、私から彼女を奪った部下。それこそが瀬崎準平なのです」


 大久保の中でモヤモヤしていたものが一本に繋がった。全日本不動産という会社に聞き覚えがあったのは、以前、瀬崎浩平に弟の瀬崎準平の相談をされた時だ。大久保はこの一連の事件の登場人物に常に関わっているパイプ役は瀬崎浩平だと考えていたが、そうではなかった。パイプ役は瀬崎準平だった。


「どういう・・・事だ?」


「みなみ、という女性から電話を受けた時、私は焦りました。金森がその女性に何かを伝えていたかもしれない。金森を殺害した直後であった私は気が動転しており、必然的にみなみという女性も殺害しなくてはならないと考えました。恐らく、瀬崎はそれを読んでいたのでしょう」


「ちょっと待て。先生の弟、いや、瀬崎準平はお前にみなみが殺される可能性を視野に入れて、みなみを囮に使ったとでも言うのか?」


「ええ。そういう男だと思いますよ、瀬崎は」


 殺される可能性が高いと分かっていて、女性を一人で囮になんて使うか?しかも、平沼の逮捕時は瀬崎準平と牧田亮という男の二人だけしか現場にいなかった筈だ。二人で殺人犯を相手にみなみの身の安全を保証出来たというのか?いや、実際にみなみは睡眠薬を飲まされ、殺させる寸前であったし、瀬崎準平も怪我を負わされていたではないか。


「いや、そうなると、瀬崎準平はお前が金森愛を殺害した犯人だと確信していたのか?そうでなければそんな危ない橋は渡らないだろう」


「そこなんですよ。私も刑事さんの言う通り、私が彼女を殺害した事に確信めいたものがなければ、そんな危ない橋を渡るとは思えない。加えて、瀬崎はそんなリスクを冒す人間ではない。つまり、奴は私が犯人であると確信していたんです。そうなると、当然疑問が沸きます。何故、確信出来たのか?という疑問が」


 その通りだ。瀬崎準平は確かに平沼とも金森とも繋がりがある。だが、瀬崎準平同様に二人と繋がりを持つ人物など何人もいる筈だ。その全員が、金森愛の殺人犯が平沼であると確信出来るか?出来る訳がない。瀬崎準平は、彼にしか知らない何か決定的な情報を持っていたに違いない。


「瀬崎は恐らく、一連の嫌がらせ行為の犯人が金森だけでなく、私も共犯である事に勘付いていたのでしょう。そう結論づける為には、私と金森愛の関係やこれまでの一連の事件について、ある程度の真相に瀬崎は近付いていた、と仮定しなければなりません」


「確かにその通りだ」


「私が逮捕される直前、私は瀬崎と二人きりで話をしました。ほんの数分ですが」


 大久保は平沼逮捕時の状況の報告を思い出した。瀬崎と一緒にいた牧田という男性が通報し、目印であるホテル近くまで案内に出てきたと言っていた。平沼の言う通り、僅かな時間ではあるが、確かに平沼は瀬崎と二人きりになる時間があった。


「あの時、瀬崎は言いました。

 <全ての真実は分かっている。飯田、檜山、桜川を殺したのが誰なのか、という事も。きっとお前は飯田の事が分からないのと同様に、檜山、桜川という名前も聞いた事がないだろうな。だがな、お前にはその三人の殺人の罪も被ってもらうよ>、と」


「どういう事だ?意味が全く分からん」


「そうでしょう。私もそう思いました。私はこう反論しました。

 <確かに、飯田という人物は知らない内に神崎が殺害した可能性は高い。それを俺が指示したと関連づけるのは難しい話ではない。その罪も被る必要は出てくるだろう。だが、檜山、桜川に関しては殺された事実すら知らない。神崎は危険な男ではあるが、依頼に関連する報告は一切欠かさない。つまり、二人を殺したのは神崎ではない。>そう言うと、瀬崎は言いました。

 <誰が殺した、なんていうことは関係ないんだよ。間もなく、お前は逮捕され、今日中には証拠が上がる筈だ。お前が檜山と桜川を殺したという証拠がな>とね」


 それを聞いて、大久保の興味は一気に薄れた。あまりに現実離れしているからだ。


「真面目に聞いて損したな」


「え?」


「罪逃れの為に犯罪者が何の関係もない第三者に罪を被せるなんてことはな、こちとら日常茶飯事なんだよ。だったら、お前はその二人を殺したのが瀬崎準平だとでも言うのか?下らん」


「その通りです」


「なに?」


「私の推測では、檜山、桜川という人物を殺害したのは瀬崎準平だと思っています」


「付き合ってられん。そんな話聞く必要もない」


 そう言って、大久保は取調室を出た。

 よりによって、何故瀬崎準平なのか?瀬崎準平は元々の被害者ではないか。むしろ、神崎が今も野放しになっている現状では、今最も身の危険が迫っている人物ではないだろうか。

 強いて言うのであれば、証拠が毛髪と足跡という事もあるのだろうが、出来すぎの感は否めない。それにこのタイミングで目撃者というのも解せない部分ではある。

 瀬崎準平が真犯人だという平沼の推理はあまりに現実的ではないが、この事件の真相は全てが平沼一人の犯罪ではないという可能性はまだ残されているかもしれない。その引っ掛かりがどうにも気持ち悪く、大久保は再び檜山、桜川の殺人事件の資料を手に取った。


 この事件は大久保が担当した事件の中でも五本の指に入るくらい惨憺たる現場だった。事務所のドアを開けると、一面血の海だった。そして、少し見ただけではそこにあるのは人間の遺体があるとは思えず、肉片が散らばっているかのように錯覚するだろう。まるで、体内の爆発物が爆発したかのように遺体は損傷していた。現場写真を見るだけでおぞましくなる。刃物で切断された遺体は何度か見た事があるが、鈍器のようなものでここまで粉々に破壊された遺体は初めてだ。とてもではないが、人間の所業ではない。

 遺体の身元を確認する作業は難しかった。二人の遺体の衣服は無く、全裸の状態であったから持ち物から特定する事も出来ず、肉片となった遺体から身元を特定するのは困難だった。くどいようだが、それ程遺体の損壊は激しかった。檜山に関しては、指の一部が損壊されない状況で数本残っており、事務所内に付着した複数の指紋と一致した事もあり、早期に身元を判明させる事が出来た。

 桜川についても同様に指が数本、傷の無い状態で残されてはいたが、事務所内に桜川と思われる遺体の指紋と一致する指紋は検出されなかった。その代わり、桜川に関しては、血の海の中に桜川の名刺の束が見つかっており、それが身元判明の根拠となっている。


 これだ・・・・。

 大久保はすぐに宮崎の携帯に電話を架けた。

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