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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第5章 偽りの真実
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 三日ぶりの外の空気は非常に気持ちが良かった。大久保からは、「別に容疑者という訳ではないし、先生の立場を考えれば逃げるだなんても思ってない。時間と場所さえ伝えてくれれば外出しても結構ですよ」と言われていたが、下手に外出して気分を変えたくはなかった。この環境こそが、浩平の緊張感を保つに相応しかったので、浩平はずっと署内にいた。

 大久保から衝撃的な事実を聞かされたのは、つい先程だ。一昨日、平沼輝夫という男が金森愛の殺害容疑で逮捕されたと聞いた。平沼輝夫という名前に聞き覚えはなかった。


「平沼?」


「知らない?」


「知らないな。いくつ位の男だ?」


「四十代」


「分からないな。少なくともすぐに思い当たるような人物ではない」


「そうか」


 意外とすぐに大久保は納得した。少し不自然に思えたが、事実、平沼という男に聞き覚えは無い。


「その男が、金森愛の殺害を自白した。飯田、檜山、桜川の殺害については否認しているが、一時間位前に平沼が殺害したという証拠が上がった。状況証拠だが、恐らく犯人は平沼で違いないと思う」


 そうなると、準平や婚約者の真由への嫌がらせ行為の犯人。つまり、金森愛の共犯者もその平沼という男になるのだろう。全て解決したのか。


「正直、俺はまだ何か引っ掛かってるんだけどね」


 大久保の目を見ると、確かにその発言は事実のようだ。まだ刑事の目をしている。


「何に?」


「先生、瀬崎準平って先生の弟さんだよね?」


「ああ」


 準平の名前が出た時に心臓が飛び出そうになった。何故ここで準平の名前が出るのだろう。


「この平沼って男、弟さんの直属の上司みたいなんだよ」


「え!?」


 心底驚いた。それを隠す事が出来ず、声に出してしまった。


「先生の弟さんへの嫌がらせ行為、それにこの四件の殺人。これは全て平沼が過去に犯した犯罪行為について、それを嗅ぎ付けた先生の弟さんへの威嚇。そして恋人であった金森愛を先生の弟に奪われそうになった嫉妬が動機だった。ただ、俺はそれだけでは納得出来ない。

 先生、もういいだろう。全て話してくれよ。飯田、檜山、桜川、金森そして瀬崎準平。その五人と平沼が結びつく重要なパイプが先生以外に俺には検討がつかないんだ」


「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ・・・有川は?有川はどうなってる?」


「有川については依然捜査中だ。ただ、飯田、檜山、桜川を殺した理由は平沼に近付きつつあったから、そして金森を殺した動機は金森から自分の悪事が露呈するのを防ぐ為だった。そういった動機付けで殺人が出来る人間だ。最も、平沼に近く、共に犯罪を行ってきたのは有川だ。俺の読みでは恐らく有川は既に殺されている」


 確かにそれも一理ある。だが、大久保の理論は一つ違和感がある。

 自分の領域、地位を守る為にそんなに簡単に殺人という手段を選択する人間が、何故準平にだけあんな回りくどいやり方を取ったのか。平沼という男が大久保の考えるような人物であれば、準平一人を殺せば済む話ではないのだろうか。

 大久保のような鋭い男がこの違和感に気付かない訳がない。そうなると、大久保の狙いは一つ。自分の推理と、浩平が語る何かを照らし合わせ、真実を導こうとしている。これは尋問だ。そう確信した。それと同時に、浩平の中にとんでもない仮説が一つ浮かんだ。


「少し時間をくれないか?」


「時間?」


「ああ。大久保。確かに俺は君にこの一連の事件に関して、まだ話していない事がある。勿論、こんな事を言ったところで何もなりはしないかもしれないが、俺はこの事件の加害者側の人間ではない」


「ああ。それは分かってるよ」


「そして、君にまだ全てを話す事は出来ない」


「何故だ。お前が話す事で事件の全容が分かるかもしれないんだぞ」


「分かってる。だが、俺には弁護士として、瀬崎浩平として整理しなければならない事がある」


「瀬崎浩平として?」


 少し口を滑らしてしまった。やはりこの男は鋭い。誤魔化す意味も含め、浩平は時計を見た。午前十一時だった。


「明日のこの時間。必ず俺はもう一度ここに来て、お前に全てを話す。俺に、あと二十四時間の猶予をくれないか?」


 大久保は何も言わず、黙って浩平の目を見る。明らかに迷っている。しかし、この迷いはネガティブな迷いではない。彼は心の奥では自分を信用してくれている。


「俺からも条件を出させてくれ」


「条件?」


「君に証拠隠匿の容疑をかける。明日の十一時までに会いに来なければ、俺は君への逮捕状を取り、君を逮捕する」


 重い条件だった。

 証拠隠匿は、有罪か無罪かと言えば微妙な線ではあるが、事件の重要な事実を複数隠している事は事実だ。逮捕されれば分が悪いし、少なくとも今と同じ状況で弁護士業務を続ける事は絶対に出来なくなるだろう。しかし、浩平の仮説を反証する為にも、ここはこれまで積み上げてきたものを全て投げ打ってでも二十四時間という時間が欲しかった。


「分かった。そうしてくれ」


 大久保は少し驚いたような顔をした。まさか呑むとは思わなかったのだろう。


「先生を信じてるよ」


 大久保はそう言って部屋を出た。浩平は手続を済ませ、すぐに外に出た。残された時間は二十四時間しかない。浩平はすぐに家電量販店に行き、とっくに充電の切れた携帯電話を充電した。

 いくつもの着信履歴やメールが入っていたが、それを目を向けず、浩平は久しぶりにある人物のメモリを開き、迷わず電話を架けた。


「久しぶりだね。今から会えないかな?」



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