18
瀬崎、亮、みなみの三人は平沼を警察に引き渡した後の事まできちんと打ち合わせをしていた。現場で囮となるみなみ、それを取り押さえる瀬崎と亮、間違いなく三人はバラバラで事情聴取されるのが明らかだったからだ。まさか平沼を一連の事件の首謀者で睨んでおり、その罠を張っていた、などと言える訳がないのだから。
瀬崎が二人に言ったシュチュエーションはこうだ。
金森愛と親友だったみなみは数日間、金森愛と連絡が取れない事を不安に思っていた。金森愛は友人間の話で危ない店に出入りしている、危ない人間と繋がりがあると噂になっていたので必要以上に心配していた。そんな時、以前、金森愛から何かあったらこの人に電話してくれ、と平沼の電話番号を聞いていた事を思い出した。そして、平沼を呼び出し、話をしたらクリスタルに連れ込まれた。
一方、瀬崎と亮は休日に二人で遊んでいた所、以前出入りしていたクラブで面識のあったみなみが顔を引きつらせて瀬崎の上司である平沼と歩く姿を偶然目撃した。会社の上司とクラブの女というツーショットに好奇心が沸いた二人がそれとなく尾行していると、地下の怪しげな店に入って行った。最初は好奇心で尾行していたのだが、女の様子がおかしかったのと、連れの男が上司という事もあって何かおかしいと思い、偶然を装って店に入ったところ、上司である平沼がみなみを襲おうとしていた所を目撃し、取り押さえた。
亮はそんな偶然が重なり過ぎる状況は不自然だと言ったが、瀬崎は、「事実ってのは偶然が重なって出来るものだ」の一言で納得した。確かにこのシュチュエーションであれば、みなみの平沼に対する通話記録に対しても矛盾は出てこないし、瀬崎と亮がみなみと顔見知りであったというのは事実であるし、警察官に多少突っ込まれても自然に回答が出来る。
そして、平沼がみなみに対する殺人未遂だけでなく、一連の事件の犯人である事は警察が自ずと解明していくだろう。その時に瀬崎は平沼と被害者、加害者の関係にある事が明らかになり、この偶然は少し出来すぎのように思われるかもしれないが、仮にそう思われたとしても被害者は自分なのだから何も後ろめたい事はないという態度を取っていればいい、との事だった。
幸い、瀬崎の描いたシナリオ通りに事情聴取は進み、スムーズに受け答え、思っていたよりも早く終わらせる事が出来た。警察署を出ると、出口に瀬崎が立っていた。
「兄貴、怪我は平気?」
「ああ、このくらい大した事ないよ」
勿論、有川の事があるので全て終わった訳ではないが、全てのキッカケを作った平沼が捕まり、瀬崎の推測通り平沼が有川の事を喋れば、事件は無事に全て解決といくのだろう。亮は達成感に満ちていた。
「飲むか」
「え?」
「飲もうぜ」
確かに久しぶりにうまい酒を飲める気分だ。瀬崎もそうなのだろうか。ただ、どこか陰のある表情だったことが気になった。
二人がよく行っている焼き鳥屋に入った。月に三、四回顔を出してる事が二年近く続いているからか、店長と顔馴染みになり、店に入ると一番奥のカウンターをいつも勧めてくれる。瀬崎が生を二つと串を数本、枝豆をオーダーすると、少しの間、沈黙が流れる。当然の話だが、疲れているのだろう。
「有川の話さ」
「え?」
「いや、有川だよ」
「ああ」
「ちゃんと聞き出したんだ、あの時」
瀬崎が急に言い始めた。それがきっかけになり、亮はあの奇妙な場面を思い出した。平沼が発狂し、瀬崎に殺意を向け、最後には瀬崎を悪魔と呼んだあの場面を。
「結論か言うと、有川は死んでいる」
「え!?」
その事実はあまりにも衝撃的だった。有川が、死んでいる?
「ああ。死体をどこにやったかなんて事は聞かなかったが、はっきりと言ったよ。あいつは殺した、とな」
「なんでまた・・・」
「さあな。人を殺す奴の理屈なんて理解出来ないさ。でも、あの男が言うには、どうも有川は考え方が危険過ぎたらしい。俺達の推測通り、飯田君、檜山探偵、桜川さんを殺したのは有川らしい。飯田君の殺害は平沼が指示したらしいんだ。飯田君は有川を超えて、平沼にまで辿り着きそうだったんだとか」
「飯田が?どうやって?」
「そこまでは分からない。ただ、飯田君はあの時点で有川を通して平沼に狙いを定めてた。すごいよ、彼は」
店員が持ってきたビールを乾杯もせずに瀬崎は一口飲んだ。いつもは陽気に何に対しての乾杯だかも分からないまま乾杯していたのだが。その瀬崎を見て、亮も一口ビールを飲んだ。味も見た目も確かにビールなのだが、亮にはまるでお茶のように素朴な味に感じた。
「ただ、そこまで辿り着いてしまったものだから殺された。平沼の指示で、有川が彼をうまく誘い出し、どこまで調べたのか、徹底的に拷問されたんだろう。でも、結局彼は一言も喋らなかったらしい」
「そうなの・・・?」
「ああ。喋っていたら俺達はとっくに殺されていたさ。俺達がああして平沼を捕らえることが出来たのは飯田君のおかげだったんだ」
あの日、有川と金森愛に捕まり、散々拷問されたのだろう。飯田の遺体は切り傷、殴られた痕、火傷、無数の傷がその拷問の激しさを示していた。そんな飯田の心境など想像することすら出来ないが、涙が出そうになった。
「檜山探偵と桜川さんについては?」
これ以上、飯田の話をしていたら涙を堪えられそうになかった亮は話を変えた。
「これが有川の独断らしいんだ」
「独断?」
「確かに、檜山探偵は着々と平沼に近付いていた。みなみっていうクラブの女がいい証拠だ。今日、俺達が平沼にかけた罠を、もしかしたら檜山探偵がかけていたのかもしれないのだからな」
「確かに」
「それに気付いた有川が平沼に何も相談せずに二人を殺したらしい」
「でも、それは結果的に平沼にとっても好都合だったんじゃないの?」
「結果だけを見ればな。ただ、平沼の気持ちを考えれば分かる。有川という存在に恐怖を覚えたんだろう」
「有川に恐怖を?」
「ああ。そう思わないか?自分達に近付いてくる人間を躊躇なく次々と殺してるんだ。誰よりも有川の悪事を知ってる平沼自身が有川にとってある意味一番危ない存在なんだ。平沼と有川の関係はブレーンであった平沼が主導権を握っていたらしい。成和建設との詐欺事件を考えても、平沼は非常に緻密な犯罪計画を考える事が出来るから、有川にとっては信頼のおける関係でありつつ、自分の全ての犯罪を知る男でもあった。それは逆に平沼にとっても言える事だが、主な実行犯は有川だ。有川が、いつか自分に疑惑を持ち、殺される事が怖かったんだろう」
「それもそうか・・・。相手はプロ並の殺人犯だもんね。有川と対峙して、安心出来る時なんて一時もなかったのかもしれない」
「そういうことだ。で、やられる前にやった・・・と」
何とも言えない結末だ。
結局、この事件の実行犯であった金森愛、有川保は首謀者であった平沼に、その動機は違えど、殺された。
ニュースでは、犯人が死亡したケースの報道を見る事もあり、亮はその時「犯人が死んだのならいいじゃないか」という感情を持った事は多々あった。
しかし、実際に身近な被害者がいると、犯人が死亡した、という結末は犯人への怒りをどこにもぶつけられない新たな怒りを生むに過ぎなかった。親友を殺しておいて、たかが仲間割れでその仇であった有川を殺すなど、あまりに身勝手ではないか。
「くっそ・・・」
涙を堪える事は出来なかった。その亮を見て、瀬崎は力強く亮の肩を抱いた。
「悪かった・・・こんな事件に巻き込んで・・・」
そんな瀬崎の言葉が余計に亮の涙腺を刺激した。亮はいつの間にか自分の手元に置いてあった焼き鳥に涙が落ちるのをどこか冷静な気持ちで見つめていた。