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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第5章 偽りの真実
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 平沼の動揺、焦り、不安は手に取るように瀬崎に伝わっていた。ごく単純な揺さぶりのつもりだった会話も必要以上に平沼にダメージを与えているようだ。このままであれば、平沼がやった事自体を認めさせるのは造作も無い。問題はそれ以上の事をどう認めさせるかだ。


「全ての始まりは金森愛の退職ですよ。当然、覚えてますよね?私はあなたにわざわざ呼び出され、あなたの目の前で上半身裸になってまで身の潔白を証明したことを」


「ああ・・・」


「あの日、私があなたに釈明した話は事実です。私は金森愛とは単なる上司と部下の関係。勿論、仕事の後に食事をした事もありましたが、それはあくまで職場仲間としての付き合いであって決して男女の仲という訳ではありませんでした」


「それは君の主張だろう」


「まだ分かってないのですか?あなた、私が思っていたよりも大分頭が良くないようですね」


「なんだと」


「私がこの一連の騒ぎで一番最初に違和感を感じたのはあなたのその反応なんですよ。私は自分で言うのも気が引けるが、全日本不動産で歴代最年少で本社営業部に配属された正社員。それなりに社内における私への期待も理解しているつもりです。一方、退職を告げた金森愛は単なる契約社員だ。誰がどう考えたって、金森愛に肩入れするのはおかしいとは思いませんか?」


「そんな事はない。私は管理職として社員、契約社員全員を公平に見る立場にある」


「別にこの場であなたの反論は求めていない。今更何を言ったって、それがキッカケで私があなたに疑いを持った事には違いないのですから」


 そう言って瀬崎はグラスに残っていたビールを全て飲み干した。平沼はエアコンの効いたこの涼しい店内にも関わらず、顎まで汗が滴っている。挫折を知らない人間だからなのか、こういう局面にはとことん弱いようだ。


「そして何よりあなたに不信感を持ったのは、あなたに身の潔白を証明した以降も、私への処分検討が継続されていた事です」


「なっ、何故それをお前が知ってる!?」


「それは言えませんね。私が情報源を漏らして、あなたみたいな悪人に逆恨みされてはまずい」


「情報源・・・?まさか、谷本か!?・・・そうか、お前と谷本は確か同期だったはず」


 やはり頭の回転が悪い訳ではない。この追い詰められた状況下で、情報源、逆恨みというヒントだけで瀬崎が<人>から情報を得た事に気付いたばかりか、瞬時に同期であり、人事に携わる谷本の名前が出てきた事には感心した。


「現に、今週の役員会で私の処遇が決められる所でしたよね。それで私はあなたを疑った。勿論、この時点では疑うと言っても、仕事上で私があなたの気に障るような事をして、これを絶好の機会として私を地方支店へ左遷、または退職へ追い込もうとしている程度だと考えていました。でも、いくら考えても思い当たる節はなかった」


「嘘を言え!!お前は気付いていた筈だ・・・」


「気付いていた?何の事でしょう?私は本当にその時は思い付きませんでしたよ。強いて言うならば、あなたの嫉妬が原因ではないかとすら思っていましたよ」


「とぼけるな瀬崎!」


「説明をしろと言われたから説明しているんですよ。意味の分からない茶々を入れるなら、この場に警察を呼んでもいいんですよ。何も分からないままでね」


「貴様・・・!なんという・・・」


「続けますよ?そして、あなたが全ての黒幕だと疑い始めたのは、あの写真です。私と金森愛が抱き合っている合成写真。そもそも、金森愛はあんな精密な写真を作れるほどの技術は持ち合わせていなかった。当然、それはあの写真を見てすぐに気付きました。ただ、その時は誰かに頼んだのであろうと簡単に考えていましたが、まさかそれがあなただっとはね」


 そう言うと、亮が鞄からその合成写真が印刷された紙をカウンターに広げた。死んだ飯田が持っていた作成過程の写真数枚である。亮が明らかに疑問を持っている表情をしていたが、その疑問が何なのかは瀬崎も分かっていたので気付かないフリをした。


「これをある場所で見た時にそれに気付きました。そして、私は一つの仮説を立てた。当然知っているであろうから内容は割愛しますが、金森愛のストーカー、脅迫行為を裏で糸を引いているのはあなたではないかと」


 平沼の表情は、正に<驚愕>という表情だ。声も出さず、ただひたすら驚いている。


「そして、その仮説の動機を考えると、すぐに新たな仮説が生まれました。あなたと金森愛は男女の関係にあったのではないか、と」


「バカな。何を言い出すかと思えば」


「しらばっくれるのも構いませんが、状況見て下さい。あなたと金森愛の関係を裏付ける証拠を探していると、金森愛が死んだという情報を手に入れた。タイミングを考えれば共犯者同士の仲間割れの可能性を考えるのが自然でしょう。金森愛の共犯者といえば、私の中ではもうあなたしかいない。だから、この女性を使ってあなたに罠を仕掛けた」


 完全に薬が効いてしまいぐっすりと眠っているみなみを指差した。平沼はどこか腑に落ちない顔をしているが、それは当然だ。瀬崎の語る真相は、あえて一部をごっそりと取り除いているのだから。そして、亮の持つ疑問も何故一部を省いているのか、という事であろう。


「みなみがあなたの電話番号を知っている、そしてあなたと早急に対面する理由を適当に考え、私があなたの電話番号をみなみに教えた。そして、つい先程、あなたは藤江と名乗ってみなみの目の前に現れ、金森愛がまだ生きていると嘘を付き、巧妙にここに連れこんだ。私達があと十分遅くここに入っていたら、ここで寝ているみなみは、恐らく息をしていなかったんでしょうね」


 瀬崎が語る真相を聞き終えた平沼は少し安心したような表情をした。だが、瀬崎も何故平沼がそのような表情をしているのか分かっている。いや、分かっていると言うよりも、瀬崎があえてそう誘導したに過ぎない。


「そんな話、一から十まで全てお前の推測に過ぎないではないか。仮に、この女が目を覚まし、金森君を殺した犯人は俺だ、と喚いたところで、見るからに頭の悪そうな水商売の女の言う事に誰が耳を貸すかね」


「部長、見くびらないで下さいよ。私がこんな女に全面の信用してると思いますか?」


 そう言って、瀬崎はみなみの鞄から亮の携帯電話を取り出した。ずっとみなみと藤江を名乗る平沼の会話を拾っていた携帯だ。


「ずっと聞いてましたよ。藤江さんの話。当然、ばっちり録音もしています」


 そう言って瀬崎は録音の再生ボタンを押した。音量を最大にすると、静かな店内にみなみと平沼の会話が流れる。


「そ、そんなもの証拠になるか!第一、ここは地下で電波など入ってない!」


 大声を張り上げて平沼は言った。自分では否定しているし、本音でもこれが決定的な証拠になる筈がないと期待しているのだろう。だが、恐らく全てを知られた瀬崎に、まるでジリジリとコーナーに追い詰められるボクサーのように次々とパンチを浴びせられ、何かが切れてしまったのだろう。大声を上げ、すぐに切り返されるような反論をしている事にすら気付いていない。こうなると、瀬崎はもうペースを完全に掌握した。


「録音された会話には自分が金森愛を殺したという話はしていないとでも?」


「そうだ!そんな事は話していない!!俺が愛を殺した話をしたのはこの地下でだけだ!!」


 苦し紛れながらも、何とかそれだけは口にしなかった平沼がついにそれを口にした。そして、それは開き直りを意味している。


「もういいさ。ここでお前らとこの女さえ殺せば、この事実を知る者は誰も居ない!仮にその通話記録をお前が他所に飛ばしていたとしても、俺が決定的な事を口にしたのはこの外界から遮断された地下でのみ!お前らの口さえ塞げば、あとは後からゆっくりと罪を逃れる術を考えるさ!」


「ここまでせっかく頭を使ってあれこれ小細工しておきながら、最後にそれはねえだろ」


 瀬崎が口調を変えた。ここまで感情的になった人間を相手にするのはとても容易い。案の定、その変貌振りに今にも殴りかかってきそうな平沼は一瞬怯んだ。


「どこまでお前は俺を甘く見てるんだ。地上で録音した会話がお前の罪を物語ってるんだよ。そんな事にも気付かない程バカなのか?」


「そんなはずは・・・!」


「死んだ筈の金森愛を生きてる、匿ってると嘘をついていたのはどう弁解するんだバカ」


「あ・・・!」


「それに、亮」


 瀬崎にそう言われると、亮は胸ポケットからICレコーダーを取り出した。


「まぁ確かに、お前の言う通りここでお前が俺達を殺し、これらのデータを全て回収すれば真相は闇に葬られるだろう。だがな、それは今回の金森愛の殺人に対する罪に対してだけだ」


「他にも・・・何かあるというのか?」


「殺人を自白しといて今更何言ってやがる。お前だろ?EDENのオーナーとしてクリスタルっていうクスリをばらまいてたのは」


 瀬崎がそう言って数秒後、その場で平沼は正に断末魔の叫びと言えるような大声で喚き、そしてその場にへたりこんだ。

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