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亮は瀬崎とファーストフード店にいた。亮はみなみと、瀬崎から言われた露出の高い服を買い、みなみを着替えさせた。瀬崎の希望する通り、大きく開いた胸元、少しかがめば下着が見えてしまうであろう短いスカートで、女を前面にアピールした格好をさせた。
服を着替えて、一度瀬崎の自宅へ戻ると、瀬崎はみなみを見て、「よし」の一言だけを言って、他には何も触れなかった。すぐにこれからの作戦について、瀬崎は説明を始めた。
待ち合わせ場所が渋谷の道玄坂にあるカフェだと知らされたのは待ち合わせ時間の僅か三十分前だった。すぐにインターネットで周辺状況を調べると、待ち合わせ場所の真向かいに飲食店が入る小型ビルがあった。瀬崎はみなみにここから監視するから空いていたら、奥側の窓のある席に座っていて欲しいと伝えた。念の為、亮の携帯電話を通話状態にして、みなみの鞄に仕込ませた。こういう瀬崎の的確な指示を聞いていると、こんな状況経験した事がない筈なのによくここまで頭が回るものだ、と亮は感心せざるを得なかった。
待ち合わせ二十分前に、みなみとは分かれた。最初で最後という絶好の機会に得体の知れない女に最も重要な役割を担わせる事は不安で仕方ないが、状況を考えればやむを得ないだろう。分からないのはみなみという女だ。確かに瀬崎の話し方は、みなみ自身も協力しなければいつ狙われるか分からない、という言い方だった。しかし、冷静に考えれば、みなみに何ら危機は無い事は明白だろう。むしろ、完全に首を突っ込んだ今の方が、よっぽど危険な状況にある。
そんな状況にも関わらず、何ら疑問を持たず、むしろ戦地に向かう兵士の様な頼もしさすら感じる。余程頭が悪いのだろうか。
瀬崎と亮はビル内のファーストフード店に入った。昼時という事で少し混雑していたが、何とか指定された喫茶店が見える窓側の席に段取る事は出来た。しかし、店内がざわついており、みなみに渡した亮の携帯から、通話中のもう一台の亮の携帯に音声が拾えないので、イヤホンを差して片方ずつ耳に入れて聞く事にした。周りから見れば同性愛者が二人で一つのイヤホンを使って音楽でも楽しんでいるかのような誤解をするだろう状況だ。
「これならよく聞こえるな」
瀬崎がそんな事を気にせず、満足そうに言って烏龍茶を一口飲んだ。少しすると、みなみが喫茶店に向かって歩いているのが見えた。かなり派手な格好だ。渋谷という街だからこそ浮かないでいるが、一般的に彼女のしている格好を見れば、単なる変態にしか見えないかもしれない。瀬崎の指示の通り、みなみは変にキョロキョロする事もなく、堂々と喫茶店に入って行った。
ざわついたファーストフード店の中で、隣にいる瀬崎の緊張感が痛い程伝わってくる。瀬崎の推測では、電話の相手がみなみより先に喫茶店に入る可能性は無い。となると、みなみが喫茶店に入ったこの瞬間から喫茶店に近付く人物は皆、怪しく見えるものだ。
イヤホンからはアイスコーヒーを頼むみなみの声が聞こえてからしばらくみなみの声は聞こえない。窓にはみなみの派手にセットされた髪が目に入った。みなみの声がこれでも聞こえてこないという事は、やはりまだ店に現れていないという事だろう。
みなみもそうだが、亮もこの後の作戦について具体的な事は聞かされていない。
「相手がどう対応してくるか分からない。俺の作戦は殆どが俺の推測の上で成り立っている。本来なら、二人にもその全ての推測を伝えて、その時どう動くべきかを指示しておくべきだが、今はそんな時間は無い。そんな中で一つか、二つのパターンのみを想定して対策を取っても、それ以外のパターンを相手が出してきた時に、確実に出足が鈍る。
今回の犯人は殺人犯とはいえ、暴力や衝動に任せた単純な人間ではない。知的で冷静な人間だ。そんな動揺を見せたら絶対に気付かれる。そうならない為には、純粋な反応が必要なんだ」
瀬崎はそう説明した。亮は瀬崎と行動を共にしているので、その時その時で瀬崎の指示を仰げばいい。だが、みなみは違う。一番危険な立ち位置にいるみなみが何も知らされずにいるのは危険ではないだろうか。まさか、瀬崎がみなみを捨て駒にしている訳でもあるまいし。
「亮」
瀬崎が呼んだ。視線は真っ直ぐに斜め下にある喫茶店を捉えている。亮に緊張が走った。ついに来たのか。時計は待ち合わせ時刻より五分程経過している。
「あいつだ・・・」
そう言った瀬崎を見ると、さすがの瀬崎にも緊張の色が見える。今にも喫茶店のドアに手をかけようとしている男がいた。
男が喫茶店の中に入る。当然、この段階ではこの男と、みなみはお互いがお互いであると気付かない筈だ。
「はい、もしもし」
イヤホンからみなみの声が聞こえた。電話を受けたようだ。
「はい。あ、奥の窓側のテーブルに座ってます」
喫茶店に入った男が電話の相手だ。間もなく、みなみの前に男が現れる。
「あ、どうもすいません。呼び出しておいて遅れてしまって」
イヤホンから男の声が聞こえた。みなみは今、あの金森愛を殺した殺人犯の前に座っているのだ。みなみがいえいえ、と言う声と同時に椅子を引く音が聞こえる。
「あ、改めまして、金森さんの友人の藤江と申します」
男がそう名乗った。