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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第5章 偽りの真実
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 待ち合わせ時間の三十分前にみなみの携帯に着信があった。先程電話をした相手からだった。待ち合わせ場所指定の電話だ。道玄坂にあるカフェを指定された。十分前には指定されたカフェに入った。カフェはお昼時だというのに、渋谷の割には人通りの少ない場所にあって、カフェというより喫茶店といわれた方がしっくりくるくらい古びた店だった。

 みなみはアイスコーヒーを注文し、奥の窓際のテーブル席に座った。みなみから見て右側の窓から外を見ると、五階建くらいのビルが目に入る。その二階にファーストフード店がある事を確認した。打ち合わせでは、そこに瀬崎と亮がいて、こちらを見張っているという事になっている。


「席に着いたら一度だけ俺達のいるビルを確認する事は構わない。ただ、一度だけだ。相手は必ず君が来るのをどこかで見張ってる。待ち合わせの店に近付いたら、それ以降は必ず見張られてると思うんだ」


 瀬崎にそう言われていたので、みなみは視線をアイスコーヒーに戻した。服装も瀬崎に言われた通り、かなり露出の多い物にした。クラブで働くみなみにとって露出の多い服装に違和感はないし、色仕掛けで男を誘うのも難しい事ではないが、何せこれから目の前に現れる人物は金森愛を殺した可能性が高い人物だと言うのだから落ち着く訳がない。

 鞄の中には亮の携帯が入っている。通話状態だ。向こうからの音声が万が一にも聞こえないように最小限に音量を下げて、なるべくこちらの音が拾いやすい場所に携帯を置いている。もし、こちらの音が全く聞き取れないようなら瀬崎から電話が来る事になっているのだが、電話が無い所を見ると、それなりに音は拾えているのだろう。


 クラブで瀬崎に初めて接客した時は、随分と爽やかな男だという印象だけだった。外見だけを見ればモデルや俳優並のルックスだが、クラブにはそういう男性が来店する事も珍しくはないので、瀬崎が外見だけの男ならば惹かれる事はなかった。

 ところが、実際に話をしていると、瀬崎との会話は素晴らしい時間だった。何気なく振った話題一つが、三つにも四つにもなって返ってくる。そしてどれも自分の話したい事、聞きたい事を的確に捉えている期待通りの回答なのだ。そして、その会話の最中も自分の目を絶えず、じっと見つめてくる。クラブという独特の雰囲気や、酒の影響もあるのかもしれないが、瞳に吸い込まれる、というのは正にこういう感覚なんだと思った。

 みなみはクラブでホステスをやっている間は特定の恋人を作らないと決めていた。何故なら、来店する客は優秀なステータスやルックスを持つ男性ばかりで、どんなに素晴らしい男性と結ばれたとしても、すぐに目移りしてしまうのが分かっていたからだ。つまり、みなみには何も拘束はなかった。体を使って客を取る事はしなかったが、自分がいいと思った男性には簡単に体を許した。それこそが、みなみの求める自由ですらあった。

 瀬崎は、そんなみなみの基準を軽々とクリアした。瀬崎も自分に好意がある事は分かっていた。その好意がみなみという人物にではなく、今晩のみの体を求めたものだというのも勿論自覚していた。


 だから、まさかこんな事になるとは思わなかった。

 夜の仕事をしているのだから、普通の生活をしている人よりは裏世界の人間と関わる機会は多い。そういう修羅場の話を聞くのは日常茶飯事だし、実際に目撃した事もある。でも、まさか自分の命が危険にさらされるとは。

 ホテルで瀬崎以外の男二人を見た時、三人から暴行を受けるであろう事は容易に連想出来た。安易だった自分の判断に後悔はしたし、瀬崎に対して怒りが沸いたが、結局誰からも指一本触れられる事はなかった。

 昨日会ったばかりの瀬崎にもう命さえ預けている。当然、瀬崎が助けに来なければみなみは明日を迎える事が出来ないのは分かっている。何故、瀬崎をそこまで信用出来るのか、自分でも全く分からない。

 危機的状況の中で、同じ境遇にある男女が恋に落ちるなどという古臭い映画のような話、普段なら鼻で笑うのだが、極限状態にある今、正にみなみはそのヒロインの気持ちなのだ。瀬崎に、恋をしてしまった。これから電話の相手と会うのは、自分自身の身を守る為でもあるが、瀬崎を守る為でもある。大切な人の為に命を張る。そして、自分の身に何かあった時は瀬崎がきっと守ってくれる。

 この作戦が無事にうまくいって、自分も、瀬崎も自由の身になれたなら、その時もう一度冷静に考えて、それでも結論が同じなら、瀬崎に気持ちを伝えよう。クラブも辞めて、瀬崎に尽くす道を選ぼう。


 待ち合わせ時間まであと五分を切った所で、緊張と不安、恐怖の極限状態にあるみなみはそんな事を考えながら相手が現れるのを待った。その心情は、まるで初デートで待ち合わせ場所に現れる恋人を待つかのような感覚にも似ていた。

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