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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第5章 偽りの真実
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1

 大久保が時計を見ると、深夜二時を回っていた。明日は非番の予定なので、少し酒を飲んでいた。その非番前日の楽しみを奪ったのは宮崎の電話だった。


「大久保さん、練馬で女の自殺遺体が発見されました」


「自殺?自殺ならこんな時間にわざわざ俺に電話しなくてもそっちで処理出来るだろ」


 人の命が一つ亡くなった事に違いはないので不謹慎な言い方かもしれないが、刑事にも人間としての生活はある。


「普通の自殺なら電話はしませんよ」


「普通の自殺?」


「この女、大久保さんが気にしてる瀬崎浩平が追ってた女だと思います」


 酔いと眠気はその言葉で一気に醒めた。


「名前は?」


「金森愛」


「分かった。三十分で行く」


 檜山探偵の殺人事件捜査は一向に進展がなかった。檜山と共に殺害されていたのが助手をしていた桜川という男であるという推測は立っていたが、遺体の損傷がひどく、科学的に断定するにはまだ時間がかかるらしい。

 容疑者に関しても捜査本部は第一発見者である瀬崎浩平をマークしているが、これは恐らく見当違いだ。

 大久保の考えでは瀬崎浩平は重要参考人ではあるものの、やはり容疑者とは呼べない人物だ。犯人の思惑通り、警察はまんまと踊らされていると言わざるを得ない。


 そんな中で金森愛が自殺をした。大久保は飯田、檜山、桜川の三人の殺人事件に金森愛が関わっていると考えており、この金森愛の死をきっかけに事態が大きく動くと予測した。



 現場は練馬の高級マンションだ。練馬とはいえ、とてもじゃないが二十代そこそこの女性が住めるようなマンションではなかった。

 現場は広々とした風呂場だ。出刃包丁で手首をざっくりと切り、辺り一面は正に血の海だった。


「お疲れ様です」


 宮崎が後ろから声を掛けた。


「おう」


「第一発見者で通報された方です」


 そう言って一人の若い女性を紹介した。


「どうも。大久保と言います」


「どうも・・・」


「亡くなられた金森さんとはどういうご関係ですか?」


「友人、です。今日の十時頃、彼女から電話がありまして・・・」


「今日の十時?細かいようで申し訳ありませんが、今は既に深夜二時なので日付が変わっています。昨日の十時という事でしょうか?それとも二十二時ですか?」


「あ、すいません。昨日の二十二時です」


「電話の内容は?」


「何か取り返しの付かない事をしてしまったって泣いてました。普段、気が強くて明るい人だったからそんな風な姿を見た事がなくて驚いて来てみたんです。そしたら・・・」


「なるほど。分かりました。申し訳ありませんが、続きは別の者が聴取させて頂きます」


「え、もういいんですか?」


 宮崎が不思議そうに言った。


「ああ。自宅に送って、そこで聴取を取らせてくれ」


「は、はぁ」


 そう宮崎に指示を出すと、宮崎は金森愛の友人という女性を連れて部屋の外へ出て行った。仮に、あの友人が一連の事件に関わっているというのであれば金森愛の自殺を通報したりはしない筈だ。わざわざ自分を疑ってくれ、と言うようなものでこの一連の事件の犯人はそんな馬鹿な人間ではない。あの友人が一連の事件の実行犯や黒幕で、金森愛を自殺に追い込んだ人物だと言うのであれば話は別だが、どう見てもそんな人間には見えなかった。


 もう一度現場をよく見ようと風呂場へ足を運ぶと、鑑識が金森愛の遺体を運び出そうとしていた。その時、大久保が遺体に残された不審な痕跡に目を止めた。


「ちょっと待って」


 そう言って鑑識を止めた。


「これ、なんだろう」


 大久保が指差したのは金森愛の首の周りについた紫色の痣だ。


「ああ、これは首を吊った時に出来た痣だと思います」


「首吊り?」


「ええ。宮崎刑事にも報告しましたが、恐らく最初は首吊り自殺を図ったけどなかなかうまくいかなかったので手首を切ったんじゃないか、と。実際に寝室に首吊りに使ったと思われるロープも見つかっています」


 そう言って鑑識がそのロープを見せた。本当にそうだろうか?首吊り自殺がうまくいかなかったということは、つまりロープが切れたり、ロープを縛る土台が壊れたりするという物理的な要因と、あまりの苦しさに別の方法を考えざるを得なかったという肉体的な要因が考えられる。

 しかし、ロープはどこも切れていないし、寝室に壊れた箇所も見当たらない。そうなると首吊りがあまりに苦しかったので、手首を切ったという考えになるが、苦しくて首吊りを辞めたのに、手首を切る方法を選ぶのはおかしい。手首を切れば痛みはあるし、出血多量で気を失うまで、場合によっては首吊りより時間がかかることもある。何より、自分の手からおびただしい出血を眺めていられるのは余程破壊が進んだ精神を持つ必要がある。そんな精神の持ち主が苦しいという理由だけで首吊りを断念するだろうか。

 物騒な話ではあるが、一瞬の苦しみで絶命したいのであれば他にも方法はある筈だ。この矛盾を突き詰めると、大久保は一つの仮説に辿り着いた。


 第一発見者を送るよう誰かに頼んだのか、宮崎が再び部屋に戻ってきた。


「大久保さん?どうしたんですか?」


「宮崎。この事件、殺人の線もあるぞ」


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