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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第4章 操り人形
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 彼とは平沼を通じて知り合った。平沼の話では、昔、彼が経営していたバーによく飲みに行った仲だと言う。以来、二人で酒を飲むことも何度かあった。


 中山と名乗るその男は爽やかな印象を持たせる好青年風であったが、水商売独特の軽さや、怪しさを備えていた。中山がこのタイミングで家を訪ねて来たのは平沼の差し金だとすぐに分かった。勿論、平沼に自分が姿を消す事は一言も言っていないが、妙に勘の鋭いあの男なら気付いてもおかしくはない。

 しかし、中山の話は見当違いだった。中山は結婚前提に付き合っていた女性が実は裏で浮気をしていて、その浮気相手と結婚するようだと言う。それでもその女性を諦めきれないので、私に相手の男を誘惑してくれという相談だった。

 中山の目に自分がどう映っているかなど分からないが、少なくとも金森はそんな面倒な事に首を突っ込む人間ではない。適当に話を聞いて、中山を帰し、明日にでも東京から身を引こうと考えていた。中山が取り出したターゲットの写真を見るまでは。


 その写真には、瀬崎準平が清楚な美女と親しげに歩いている姿が映っていた。中山の恋人は瀬崎準平の婚約者だった。

 こんな偶然が存在する訳がない。自分を屈辱的に振った男が、中山の復讐のターゲット。しかも、こんなタイミングで。確率でいえば、ほとんど奇跡のような話であろう。鼻で笑ってしまうような作り話だという考えと同時に一つの疑問が生まれる。

 平沼の存在だ。平沼はあれだけ瀬崎と関わるのを嫌った。社内で会話をしていても、平沼の冷たい視線を感じた事は何度もある。その平沼が中山を使って再度瀬崎に近付く事を指示するだろうか。

 しかも、中山の希望は自分と瀬崎が親しくなる事だ。それも友人や知人としての距離感ではない。瀬崎の婚約者が瀬崎と自分との仲を疑い、二人を破局に追い込むまでの距離感。そこまでの仲に発展させる為には、連絡を取り合ったり、たまに食事をするような仲では足りない。もっと深い関係にならなければ瀬崎の婚約者は瀬崎に不信感を持つことは無い。

 そんな指示を平沼がするだろうか。そんな考えが過ぎると、金森の考えはどんどん傾いていく。


 中山の話は事実だ。中山は本当に瀬崎の婚約者と恋愛関係にあり、そして、瀬崎に彼女を奪われた。だから瀬崎に復讐をしてやりたいんだ。

 私はどうだった?肉体を弄ばれた事は確かに一度も無い。しかし、心は弄ばれた。その気にさせるだけその気にさせておきながら最後は私の人格を全て否定するような言葉で私を拒んだ。

 それなのに私は、会社を辞め、東京から出て、自腹を切って田舎に引っ込んで第二の人生を始めようとしている。そんな人生を両親は、私は望んでいたのか?


 望んでいない。たった一人の男のせいで、人生が壊された。原因は瀬崎準平だ。



 金森は転落していった。

 当初、中山は瀬崎と婚約者の仲を壊すには、金森が女という武器を使って瀬崎を誘惑し、その状況を金森又は中山が婚約者に密告することで二人の仲を壊すという方法を提案してきた。

 しかし、当然その提案は断った。自分では瀬崎にその方法が通用しないということを身を持って知っていたからだ。

 二人はどうやって瀬崎達を壊すか何度も話し合った。その内、金森と中山は肉体関係を持った。極限の精神状態で、共通のターゲットを持った二人というだけでなく、何より中山が持ち歩いているドラッグが金森をますます狂わせた。

 いつしか、瀬崎への恋愛感情は消え、代わりに生まれた憎悪という感情が金森を支配した。

 瀬崎が怯える姿が見てみたい。瀬崎が泣いて私に謝罪する姿を見たい。足元に跪かせ、瀬崎の頭を、顔を踏みつけてやりたい。瀬崎の精神をボロボロに破壊し、瀬崎の顎を掴んで言うのだ。


「あなたはもう私なしでは生きられないのよ」


 そんな未来を妄想し、金森は中山の言うとおりに動いた。時には自慢の長い髪をはさみで無造作に切り、中山が持ってきた異臭のする小さな小包と一緒に瀬崎の家に届けた。

 親友の自宅を奪い、その部屋で瀬崎の友人をひたすら拷問した。中山の持っているドラッグは凶暴性や野蛮性を増すのか、人を殴ったり、蹴ったり、踏んだり、切り付けたり・・・その行為が何よりも金森に快感を与えた。飯田という免許証を持ったその男は屈強だった。どんなに危害を加えても、泣く事も叫ぶ事もしなかった。そんな男が初めて声を上げたのは、金森がピンヒールを履いて倒れた飯田の頬を踏み潰した時だった。凶器のように尖ったヒールは頬を貫通し、歯か、顎が砕ける音と共に飯田は絶叫した。その絶叫を聞いた時、金森はあまりの快感に一瞬気を失った。快感の絶頂を迎えたのだ。

 

 しかし、そんな狂った日々もあっさりと終わりを迎えた。中山が姿を消したのだ。中山と関係を持ち続けたのは中山という人物に対しての感情ではなく、中山が持っているドラッグに対しての依存だった。中山が姿を消してから、麻薬、大麻、シンナー等のドラッグにも手を出してはみたが、中山の持つドラッグほどの効果を得る事は出来なかった。

 そして訪れたのは絶望だった。田舎でスナックを開業する為の資金は全てドラッグに消えた。資金が底を着いただけでなく、借金までしている。もはやその借金は数年働いた程度では返せない金額にまで膨れている。

 ドラッグは体から抜けず、不定期に現れる頭痛、腹痛、吐き気などは日常茶飯事で幻覚を見る回数も増えてきた。


 爽やかなルックス、将来有望で、自分や子供にも優しい理想の夫をパートナーとし、両親や親しい友人にも囲まれて一般人が憧れるような家庭を作りたい。そんな夢を持った金森愛はもういない。


 平沼、瀬崎、中山。三人の男によって、多重債務、薬物中毒、殺人の共犯。悪の限りを尽くした女に、僅か三ヶ月前まではあった筈の美貌は無かった。


 コンビニで買ったロープをドアノブに縛りつけ、震える手で何とか作った輪の中に、金森愛は首を通した。


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