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金森愛は全てを明らかにしようとした。
既にいくつもの犯罪に手を染め、それが明るみに出れば何十年も刑務所に入る事になるかもしれない。
今までは若さと、親から貰ったこの美貌で何不自由なく生きてきた。逮捕されれば、仮に出所出来ても何十年後。短くても数年はかかるだろう。しかも、今の様に好きな事ばかりをやって重ねる年数ではない。そんな自分が老け込んで、外の世界に再び戻っても惨めな晩年を送るだけであることは目に見えている。
そんな事ばかりを考え、やがて彼女は生きる意味を失った。だから今日、彼女は全てを明らかにして命を絶つことを決めた。
彼女の人生を変えたのは、一年前の十二月だった。一年の仕事納めの日に、部署で忘年会をやった。来年はいよいよ契約期間最後の年だし、全日本不動産の入社する動機であった結婚へのリミットも近付いている。
自分の美貌なら入社一年目で未来の結婚相手候補を見付け、契約期間満了までの残り約二年間の交際を経て結婚する、そんなシナリオがうまくいくと思っていた。
だから当時は現実に絶望していた。シナリオでは結婚予定の男と今頃年末年始休暇の予定を話し合ってる筈なのに、現実では年末年始の予定どころか、その相手すら、その候補すら、いない状況なのだから。
そんな時に声を掛けてきたのが平沼だった。平沼は金森が所属する部署の部長。かなりやり手の営業マンで、何故役員にならないのか不思議なくらいだと噂されている。
見た目は小太り、薄毛で典型的なオヤジ。仕事中は部下の男性社員には鬼の様に厳しく、自分達女性社員にも厳しい。性格も偏屈な所があって、未だ独身。そのせいか、かなり羽振りが良く、似合う似合わないは別としても、常にブランド物で身を固めている。
平沼は相当酒に酔っていたのもあってか、金森の事を口説いてきた。社内での色恋沙汰は禁止だと言われてるのに、部長の肩書きを持つこの男がこれでは禁止もなにもない、といったところだ。しかし、この日の金森の頭にはカネがちらついた。
この男、見た目は醜いが、金があるのは事実。しかも、全日本不動産の未来を背負うのは間違いない。結婚するかどうかは別としても、この会社にいる間、この男に寄生していても悪い事はないだろう。中途半端な社員や役職者が相手では、こうは思わなかっただろう。リスクが高すぎるからだ。相手が平沼であれば、多少噂されてもこの男の権力で揉み消せる。
そのまま彼女は平沼と関係を持った。後悔したのは翌日だった。朝になって、同じベッドで眠る彼の寝顔を見た時、心底後悔した。吐き気すら覚える寝顔。こんな男の体を自分は受け入れたのか。
平沼は目が覚めると、財布から札束を適当に掴み、金森に渡した。その金には二つの意味があると言った。
一つは今回の事への口止め料だ。そしてもう一つは今後もこの関係を継続していくという意味だった。後で数えたえら三十七万もあった札束は、契約金のようなものだった。
それでも金森が我慢出来ていたのは、平沼が彼女を呼ぶ回数が月に一度あるかないかだからだ。そして、彼は毎回帰り際に金森に札束を掴ませた。その額は毎回適当であったが、最低でも三十万を下回った事はなかった。一ヶ月約一回の関係で三十万なら悪くない。そう考えるようになり、彼女の生活は荒れた。有り余ったその金でブランド物を買い、連日のように飲み歩き、醜い平沼に抱かれるストレスを発散するように、飲み屋で知り合った若くて容姿の整った男に抱かれる習慣まで出来てしまった。
そんな矢先、瀬崎準平が入社したのだ。
あっという間に金森は瀬崎に心を奪われ、惹かれていった。しかし、この時、平沼と関係した事を大きく後悔した。心の中に瀬崎がいるのに、平沼に体を弄ばれる事がすごく屈辱的だった。それが態度に出てしまったのか、平沼は金森の心中をすぐに察した。
そして脅した。
「俺を裏切るような事をしたら、お前も瀬崎もただではおかんぞ」
瀬崎にとっても平沼は直属の上司だ。彼がいくら会社にとって貴重な存在だとしても直属の上司である平沼が瀬崎に蓋をしてしまえば、当然瀬崎の評価は役員に届かない。つまり、瀬崎の命運は平沼が握っているのだ。平沼と関係を維持しつつ、瀬崎との距離を縮め、瀬崎と交際に発展した暁に、退職するしかない。金森はそう思って慎重に物事を進めた。
しかし、瀬崎は彼女のものにはならなかった。屈辱的な失恋だった。せめて瀬崎に迷惑の一つでもかけてやろうと思って、平沼に電話をして、突然会社を辞める旨を告げた。平沼からは、君が辞める必要は無い、辞めないでくれと慰留された。契約社員には特例措置の期間満了後の再契約の話もされた。平沼はすごく強引だったので、やむなく、「瀬崎が辞めたら職場復帰する」と言わざるを得なかったが、実際彼女にそんな気はなかった。瀬崎の居ない職場に戻っても仕方ない。
平沼と一晩過ごす度に数十万の金を貰い、プレゼントも次から次へと貰った。全てを金に代えれば、数百万にはなるだろう。これまで自分が蓄えた金と合わせれば、田舎に引っ込んで小さなスナックをやる程度の金はある。
金森愛がそんな事を考えたその晩、ある男が彼女を訪ねてきた。その時、ドアを開けなければ、自分で命を絶つことなど考えなくても済んだということを、この時の彼女は知る由もない。