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「君はさっき、店で僕に部屋を退去しなきゃならない事態に陥ったと言ったね?」
「・・・・」
「質問に答える気がないって事でいいのかな?」
みなみの目に涙が溜まっていく。瀬崎はその様子を見て、後ろを振り向き、亮と浩平を見た。その仕草が余計にみなみの恐怖心を煽るであろうことは勿論分かっている。
「言いました」
みなみのその声に瀬崎はゆっくりと振り返り、みなみの目を見る。みなみの瀬崎に対する憎しみが伝わってくる。
「うん、そうだね。じゃあ聞くけど、それは具体的にどんな事態が起こったの?」
「よく分からない」
「質問が悪かったかな。まず、そのアパートの賃貸借契約の当事者は君だったの?」
「賃貸借契約の当事者?」
「そのアパートを契約上借りてた人は君なの?ってこと」
「そうです。去年、私が自分で不動産屋に行って見つけた物件です」
「なるほど。それでそのアパートから立退きしなくてはならない状況になったんだよね?それは何でかって事を一番聞きたいんだよ」
「詳しい事は私も知りません。正式な解約より一週間前に追い出されたから」
「ん?追い出された?不動産屋に?」
「いえ・・・」
みなみがこれ以上先の話をしようかしまいか迷っているのが明白だ。みなみの状況であれば、「全ては金森愛が原因で、自分は巻き込まれたに過ぎない」という事を予め宣言しておけば少なくともこの場は切り抜けられる。
決して頭のいい女ではないだろうが、いくら何でもそれくらいは分かる筈だ。しかし、それでもその宣言をしないということは、みなみという女は金森愛に脅迫されている可能性があるということだ。
「どうもさっきから君は何かを隠しながら話してるように思えるんだ。そこで、何故僕達が君を騙してこんな状況を作り出したか、それを少し話そうか」
当初、みなみは金森愛の仲間である可能性もあった。むしろ、瀬崎としてはその可能性の方が強いとすら思った。みなみの勤めるクラブに出向いて情報を得ようと決めた時、唯一の懸念材料はそれだった。
金森愛がみなみに瀬崎の事を話していたとしたら、みなみのクラブは瀬崎にとって四面楚歌の状況にある。時間が無いことと、亮と浩平が同行するということで強行したが、内心は少し警戒していた。
しかし、実際に会ったみなみの様子からその線は消えた。クラブで瀬崎に接客するみなみを見て、この女は瀬崎準平を知らないと確信した。
そして、この状況。みなみは間違いなく脅迫されている。それならばみなみを味方に付けた方が動き易いと判断したのだ。
「僕はね、ある女性に脅迫されているんだ」
「脅迫?」
脅迫、という単語に目の色を変えたのは、単に物騒な単語のせいか、それとも自分も同じ状況にあるからか。
「ああ。こんな状況で僕の話を信用してくれっていうのも無茶かもしれないが、僕の周りの人間には死者も出てる」
「殺人って・・・こと?」
「思ったより驚かないね?」
「・・・」
「さっきから君に対して凄く違和感を感じてる。脅迫、死者という単語を使っても驚く様子もない。それどころか簡単に死者という単語を殺人に結び付ける。君が一般的な女性ならもっと違う反応をすると思うけど?少なくとも、死者から即答で連想するものが殺人はおかしいんじゃないか?」
みなみの目が極端に泳ぐ。
「もしかしたら君は俺と同じ立場なんじゃないのか?」
ホテルの一室に見知らぬ男達にいきなり閉じ込められ、何をされるかと思ったら不可解な質問をされた。でも、話を聞く限りこの男も同じ被害を受けてるのかもしれない。
恐らく、みなみはこう考えているだろう。そんな時に「同じ立場」など言葉に出されたら、みなみは当然こう思うだろう。
この人は味方なのかもしれない・・・と。
「部屋を追い出されたのは私の友人が原因です」
みなみが語り始めた時、瀬崎は達成感を感じた。
「友人は、追い出される一ヶ月弱前に突然転がり込んできました。仲はそれなりに良かったので、私は快く彼女を受け入れました。転がり込んできたと言っても、彼女はほぼ家には居らず、たまに帰ってくる程度だったのでそんなに気にしていませんでした。昔から割と自由な人でしたから」
「なるほど。彼女、と言うけど友人は女性なんだね?」
「あ、はい。そうです。彼女がある日突然言ったんです。この部屋を私に譲って欲しい、と。当然意味が分からず私は断りました。まだ契約期間は残っていたし、新宿の割には静かな場所で気に入ってたし。その場では彼女は特に何も反論しませんでした。確か、そうだよね、と言いながら簡単に諦めてくれたと思います」
「うん、それで?」
「その翌日、私が家に一人だった時です。彼女の恋人という男性が訪ねてきました。彼女からも恋人とケンカした、という話は聞いていたので違和感はありませんでした。男性が彼女にどうしても謝罪して仲直りしたいので、どうか間を取り持って欲しいと何度も頭を下げたので私はそれを引き受けました。ちなみに、これはまだインターフォン越しの会話です。それで、ケンカの原因や男性の言い分も聞こうと思って、部屋に入ってもらうことにしたのです」
瀬崎は話の内容などほとんど頭に入っていない。浩平がメモをしているからそんな内容は後で見ればいい。しかも、まだこの辺の話はどうでもいい場面だ。
その代わり、全神経を集中させて、みなみが事実を話しているのか、嘘をついているのかを見極めている。まるで瞳の奥を覗くかのように、みなみの目を凝視する。
「ドアを開けると、フルフェイスのヘルメットを被っていました。私を押し倒して、首元にナイフを突きつけて来たんです。そして、たった一言、この部屋から出て行け、とだけ・・・」
「それで部屋を退去したの?」
「当然です!殺されるかと思いましたから。その事をその友人にも話したんです。危ないから早く退去した方がいい、一時的になら引越先に付いて来ても構わないとまで言いました。でも、彼女の答えは荷物の整理もしたいから、私はもう少しここにいる、でした」
「変に思わなかったの?その友人に退去を迫られて、その翌日にそんな脅迫をされたら普通はその友人を疑うよね?」
「ええ。でもその時は動揺してて。私がその友人も仲間だったんだと気付いたのはその約一週間後です。たまたま近くを通った時に外からその部屋を何となく見たんです。彼女の洗濯物が干してありました。その時に、彼女と男性は仲間だったんだと気付きました」
「なるほどね。その後、その部屋で何が行われたか知ってる?」
「え?いえ・・・」
「殺人さ」
「え!」
さすがにこれには驚いたようだ。みなみに嘘を付いてる様子は無い。
「そんな・・・」
「じゃあ最後に確認させてくれ」
「確認?」
「その友人の名前、金森愛だね?」
「・・・はい」