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クラブエレガンスは名前に負けない立派な造りの店だった。普段、亮もキャバクラには何度も行った事があるが、いつもワンセット四千円から五千円が相場の店にしか行った事が無い。料金表示の無いような高級店に来るのは初めてで不謹慎にもワクワクしていた。
「亮、遊びに来た訳じゃないからな」
席に着くなり、瀬崎に冗談ぽく言われた。顔に出ていたのだろうか。
少し控え目に店内を見渡す。まず目に入るのはやはり女性だ。亮が行くキャバクラでも人気のある女性は美人だが、中には悪い意味で、何故君が水商売をしているんだ?と聞きたくなるような容姿の女性もいる。
しかし、この店は違う。女性の容姿レベルが高く、指名などしなくても十分に楽しめるだろう。内装に関してもキャバクラとは違う。店内はキャバクラよりも少し明るく、席と席の間隔も広い。絵や置物などの美術品に興味関心はないが、何となく高そうな物が飾られている。
店側の違いもさることながら、客層にも違いがありそうだ。まだ店に入って数分しか経っていないので何とも言えないが、少なくとも自分のように小さな工務店に勤めてそうな人間はいないし、学生や社会人数年の若者もいない。瀬崎さえ、この店では浮いてるように見える。
瀬崎の言う通り、今日は遊びに来た訳ではないが、いつか自分の金でこの店のような高級クラブで遊んでみたいものだ、亮は不謹慎にもそんな事を考えていた。
黒服の男がお絞りとグラスビールを持ってきた。初めての客へのサービスらしい。黒服の男の接客もやはりキャバクラとは少し違う。
「ご指名は御座いますか?」
三人の中で誰に今日の決定権があるのか、黒服が判断したのは浩平だったようだ。
「みなみって子、っている?」
浩平が気まずそうに言った。浩平はあまりこういうお店で遊んだ経験はなさそうだ。
「かしこまりました。お連れ様はよろしいでしょうか?」
「ええ。適当に付けて下さい」
瀬崎が即答した。瀬崎がそう言っては亮も同調するしかなく、黒服に向けて黙って頷いた。
「打ち合わせした通り、話を聞き出す役目は任せるぞ」
浩平が瀬崎に言った。
この店に入る前、三人で打ち合わせをしていた。いくら写真の女と会う事が出来ても、金森愛の話を聞き出さなければ意味がない。しかし、その方法をこの短時間で見つけ出すのも困難だ。酒の場とはいえ、つい先程、平沼の情報を聞きだした瀬崎の同僚二人とは訳が違う。相手は初対面であり、ましてや接客のプロだ。さっきのように簡単に聞き出す事は出来ないだろう。
「そういうのは俺に一任して貰った方がやり易い」
無表情で瀬崎が言った。亮は勿論だが、表情を見る限り浩平もほっとしていたようだ。
黒服に連れられて、目的の女がやって来た。写真で見るよりも遥かに美人だ。
「みなみさんです」
「はじめまして。みなみです」
「ど、どうも」
浩平も緊張している。あまりこういう浩平を見ないので少し可笑しい。
「みなみさん、こっちに座ってよ」
真ん中に座る浩平の隣に座ろうとしたみなみを、瀬崎が止めた。それも軽く腕を掴んでいる。
「え、ちょ、え?」
瀬崎の提案と、腕を掴まれたことに動揺しているのか、戸惑った笑顔を見せる。
「あ、今日は兄貴が主役なんだよ。兄貴が君の事気に入ったみたいだからそこに座りなよ。いいっすよね?浩平さん」
「あ、ああ」
瀬崎の顔を見ると、まるで亮に、ナイス、とでも言うような表情で少し笑っていた。浩平と亮の隣にも女性が付いた。楽しんではいけない、とは思うもののやはり美人との酒は美味い。亮の隣に座った女性もなかなかの美人だし、話をしていて非常に面白い。
十数分経った頃だろうか、さっきまで飲んでいたことと、今もこの店でウィスキーの水割りを飲んだことで少し酔っ払い、女性との会話に夢中になっていた。
ふと、浩平を見ると浩平は無愛想に酒を飲んでいる。瀬崎はみなみとかなり親密になったようで、頬と頬が触れるんではないだろうか、というような距離感で話している。みなみも凄く楽しそうな表情だ。瀬崎に限って、ありえない話だと思うが、この店に来た目的を忘れて、みなみという女との時間を本気で楽しんでるのではないかとすら思える。そんな距離感で話しているので、会話の内容は全く聞こえてこない。そんな様子に不信感を抱きつつも酒を飲んでいると、いつしか閉店時間となっていた。会計は最初から瀬崎が三人分負担することになっていた。二時間強いて、瀬崎はみなみを指名していたので果たしていくらになるのか気になったが、瀬崎はそれを教えてはくれなかった。
店を出て、早速浩平が聞いた。
「準平。随分楽しそうに話していたが肝心な情報は聞き出せたのか?」
浩平も亮と同様に瀬崎の様子に不信感を抱いていたような言い草だった。
「まさか。あんな場所でそんな話出来る訳ないだろ」
「え!?」
「おいおい・・・お前何の為にこんな時間まであんな店に」
「いや、勘違いしないでくれよ。あの場所では聞けなかったってだけだ」
瀬崎は少し怒ったように言った。
「二人とも俺があのみなみって女とただ単純に楽しく話してただけとでも思ってるのか?勘弁してくれよな」
亮も浩平も何と言っていいか分からず、瀬崎の顔を見て黙っている。
「あの女、間違いなく金森愛の事を知ってるよ」
「え?」
「相当飲ませたからな。さすがに飲み屋の女といえど、限界ってもんがあるんだろ。結構ベラベラ喋ったぜ。飯田君の事件の事も知ってた。詳しい事はまだ聞いてないがな」
「え、まだって言っても兄貴、もう時間がないんじゃ・・・?」
「ああ。だからこの後、約束を取り付けた。そこで徹底的に絞るさ」
初めて見せた瀬崎のその笑顔に、亮は全身に寒気が走ったのを感じた。