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数枚の写真。どれも金森愛が被写体だ。着ている服は全部で三パターンある。つまり、少なくとも三日間は金森愛をマークしていたということか。
「場所はどこだろう」
亮が写真を覗きこんで言った。どう撮ったのか分からないが、店で酒を飲んでいる写真が二枚。どこの駅であるかは分からないが、恐らく地下鉄のホームで電車を待っている写真が一枚。昼間に割と人通りの多い道を歩いている写真が二枚。
あんな事件を起こしておいて、一般人と同じように街中を闊歩していることが腹立たしい。少なくともこの写真に映る金森愛は、ごく一般的な女性に見えている。
「普通の女にしか見えないけどな」
浩平も同じ感想を持ったようだ。瀬崎は写真を置いて、他の書類を手に取る。
檜山の行動記録のようだ。日付、時間、場所、内容などが簡単に書かれている。写真と照らし合わせると、酒を飲んでいる店の写真の場所は新宿、地下鉄の駅は麻布十番、道の写真は川崎近辺だ。
「あれだけの事件を起こしてるんだからどっかでこっそりと身を潜めてると思ったんだが、こんなに堂々としてるとはね」
亮が皮肉っぽく言った。全く同感だ。
瀬崎は他の書類にも手を付けたが、浩平から聞いたであろう事件概要をまとめた書類、瀬崎と初めて会った時の会話の記録などのボツになった書類ばかりだ。浩平が殺人事件現場に踏み込んで、警察の目を欺いてまで手に入れた証拠書類の手掛かりが金森愛の最近の写真だけでは寂しい。
「これはなんだ」
浩平が一枚の写真を手に取った。そこには金森愛ではない別の女性が写っていた。女性は派手な格好をしているが、トイプードルの散歩をしている様子だ。
「派手な女だな。どっかのキャバ嬢かな?後ろに写ってるのは・・・これ、東京都庁?」
亮の言う通り、たった一枚の写真ではあるが、瀬崎の目にも水商売の女にしか見えなかった。その派手な女が東京都庁の周辺で犬の散歩をしている様子に違和感を感じる。
「準平、誰か知ってるのか?」
「いや、知らない。何か関係があるのかな」
「恐らくな。檜山さんの性格を考えても無関係の写真を別の案件の封筒に同封しておくってのは考えにくい」
「あ、これじゃない?」
亮がそう言って一枚の紙を取り出した。
「クラブエレガンス みなみ」
殴り書きのような文字でそう書かれていた。
「やっぱりキャバ嬢なんじゃない?まぁクラブって書いてあるけどさ」
「亮、ちょっとこのクラブエレガンスってネットで調べてくれないか?」
「オッケー。浩平さんパソコン借りるよ」
「この女がなんだって言うんだ」
浩平は疑問に思っているが、瀬崎には一つだけ思い当たる節がある。もし、その推測が当たっていれば、瀬崎は金森愛に大きく近付く事が出来る。
「兄貴、確かにこのクラブエレガンスって店はあるよ。六本木にあるクラブだ」
「やっぱり水商売か。この女と金森愛が何かしら関係あるって事なのか・・・。いずれにしろこれ以外に有力な手掛かりはない。この女と一度会ってみるか」
そう言って浩平は時計を見て、出掛ける支度を始めようとしている。今日にでもそのクラブエレガンスに出向いて調べるつもりだろう。
「いや・・・この女が金森愛と関係ある可能性はかなり高いと思う」
瀬崎の言葉に亮と浩平の手が止まった。
「亮、覚えてないか?飯田君の遺体を発見したマンション」
「え?あ、ああ。勿論覚えてるけど」
「西川君はあのマンションが金森愛の潜伏先と調べ上げた。ただ、あのマンションは金森愛の名義で借りてる部屋ではなかったよな?」
「そうだね。確か女友達の部屋だって・・・」
「そう。その女友達」
「えぇ!?」
「いや、あくまで推測だ。推測どころか勘に近いな。この女がいる場所、都庁がこんなに近くに見えているならここは新宿だろう。そして、この犬。新宿近辺で犬の散歩をしてるって事は自宅が新宿から徒歩圏であるに違いない。亮、飯田君の遺体を発見したマンション・・・どこだったか覚えてるな?」
「新宿・・・」
「ちょっと待て。いくらなんでもそれだけでこの女が金森愛と繋がってるって思うのは強引だろ」
浩平が口を挟んだ。瀬崎自身この推測が推測どころではなく、勘に近いものだと最初に断っておいたにも関わらず、こういう無駄な横槍を入れる浩平に呆れた。
「だからほとんど勘だって言っただろ。こいつがあのマンションの本当の借主で、金森愛をあの時期匿っていたとしても、この女には罪はないし、そもそも既にあのマンションにはいないだろう。ただ、兄さんもさっき言ったとおり、もう有力な手掛かりはこの女しか残ってないんだ」
「勿論俺もこの女には会うべきだと思っているさ。俺が言いたいのは焦ってあまり答えを急ぐなよって事さ。とにかく、答えはここにある」
そう言って浩平は亡くなった檜山の残したメモ書きを手にした。