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不思議な感情だ。昨日の事件で体が震えるくらい怖い思いをしたし、今もニュースを見てそれが現実だった事を思い知らされ、恐怖心が自分を支配している。
でも、瀬崎の話を聞いている内に、今ここで自分達がやらなくてはこれはチャンスなんだという感情が溢れてきた。
自分の言葉に瀬崎は驚いている。
「お前、本気で言ってるのか?相手は三人を殺した犯人かもしれないんだぞ?」
「それは金森愛か有川保でしょ?とりあえず俺達が調べるのはその平沼って奴さ」
「平沼部長だってどこまで関わってるか分からんぞ。少なくとも、金森愛とは何らかの関係があると俺は見ている」
「でも、兄貴が言うように今まで平沼はノーマークだった。金森、有川と違って今も表の仮面を被ってるんでしょ?調べやすいじゃないか」
自分でも何故こんなに熱意があるのか分からない。死んだ飯田の仇討ちの為か、それとも苦悩する瀬崎や自分の為か。
「役員会まであと六日しかないんでしょ?もうここまで来たらやるしかないって。今辞めたところで、奴らのターゲットから外されるとは限らないんだから」
瀬崎が少し俯き、一点を見詰める。この事件があって以来、瀬崎のこういう姿を見る機会が増えた。そして、ポットのお湯が沸いた合図と共に瀬崎は携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。
「至急、頼みたい事が一つある。平沼部長の事を調べてくれないか?え?いや、全部だ。経歴から何から全部。お前の調べられる範囲のもの、全ての情報が欲しい。どんなに些細な事でも構わないから」
短い電話を終え、カップ麺にお湯を注いだ。
「食うだろ?」
「あ、うん」
瀬崎がお湯の入ったカップ麺を二つテーブルに運び、座った。亮もそれに合わせて、向かい側に座った。
「平沼部長はノーマークだったが、会社内に俺の進退と金森愛についての情報を探らせてた男がいる」
瀬崎は話し始めた。
「谷本って奴でさ、同期で仲が良いんだ。今、そいつに平沼部長の個人情報を調べるよう話した。総務の人間だから調べるのは容易いことだろう」
「そんな情報簡単に教えてくれるの?」
「勿論、普通は無理だ。社員の個人情報なんて教えて貰える訳がない。だからその分、今まで恩を売ってきたんだよ」
瀬崎は少し悪い顔をした。
「ってことは、兄貴。平沼を調べるの?」
「ああ。お前があそこまで言ってくれてるんだし、確かにこのままいても何の安全の保証もない。さっきも言ったが平沼部長、いや平沼が一枚噛んでる可能性は非常に高いと俺は見てる」
「そうなの?」
「ああ。何の根拠のない勘みたいなものだけどな。ただ、平沼に関しては俺も非常に動き易い。今も会社の上司だからな。谷本からの情報も期待出来るけど、ただそれをじっと待ってるのも辛いよな・・・」
瀬崎は携帯電話を眺めている。金森愛、有川保、そして平沼。誰を追うにしても、亮は瀬崎の指示を待つしかない。
「あ、そうだ。亮、今日の夜は空いてるよな?」
「え?あ、うん。勿論」
「よし」
瀬崎はそう言うと、素早くメールを打った。カップ麺を食べていると、瀬崎の携帯がすぐに鳴った。箸を止めて、携帯を見る瀬崎。
「よし。亮、今日の夜、久々に酒飲むぞ」
「え?」
こんな時に何を言ってるのか。そもそも亮はこの一連の事件が終わるまで酒を飲むつもりはない。
「こんな時に酒なんて・・・」
「勿論、ただ飲むだけじゃねえ。女の噂は女に聞くのが一番早いんだよ」