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動揺はした。動揺はしたが、逆に冷静になった。当然だ。身に覚えがないのだから。愛とは何度か酒を飲んだ事があるが、一度たりとも我を忘れたり、記憶を無くす程酔っ払った事はない。つまり、この写真に写っている人物は自分ではない。そもそも、写真に写る偽者の瀬崎の肩の部分を見れば自分の写真ではないのは明白だった。
でも、顔は確かに自分の顔だ。何度も金森愛にツーショット写真やプリクラをせがまれたが、一度も撮らせたことはない。こういう事が起きないようにする為だ。盗み撮りされたという可能性もあるが、この写真の瀬崎はカメラ目線で笑顔を見せている。つまり、これは合成写真。愛が瀬崎の写真を持っているとしたらつい先日行った社員旅行か、勧送迎会での写真を切り取ったか、だ。
よくよく見ても、非常によく出来た合成写真だ。まだ学生だった頃に、アイドルの顔写真とAVの一場面の写真が合成された写真がよく出回ったことがあったが、その精度は当時の比ではない。なるほど、道理で金森愛の言う事を平沼が一切疑わない訳だ。
「これは君と、金森君ではないのか?」
決定的な証拠を突き付けた刑事の様に平沼は勝ち誇って言った。
「これは私ではありません」
平沼は何と言っていいか分からないという様な表情だが、すぐにその表情は不機嫌になった。
「見苦しいぞ。君も金森君も独身の身だ。金森君が退職願を出した、という事は問題ではあるが、金森君も君が謝罪さえすれば事を大きくはしないし、退職も撤回すると言っている」
また瀬崎は違和感を感じた。さっきかあ平沼の行動、言動に違和感がある。だが、その違和感を追求するよりも、今はこの誤解を解く方が先決だ。この程度の事でせっかく得た本社社員の席を譲るつもりは無い。
「証拠をお見せしますよ。これが私ではないという証拠を」
瀬崎は自分のネクタイの結び目に手をかけ、一気にネクタイを外した。平沼の目をじっと見つつ、ワイシャツのボタンを一つずつ外した。どこか不安げな平沼の表情は自分の行動が奇行に映っているからか?瀬崎はワイシャツを脱ぐと、その下に着ていた肌着も脱ぎ、上半身裸になった。その瀬崎を見て、平沼は小さく驚嘆の声を出した。
鍛え上げられた瀬崎の上半身。その右肩に大きな傷痕がある。小学生の頃、友達と遊んでいる時にブランコから落ちてケガをした。その痕だ。しかし、写真で愛と抱き合う瀬崎の右肩には傷跡はない。
「これで分かって頂けませんか?まぁそれにこれは本人である私だから分かる事ですが、この傷に加えて、本当の私は御覧の通り写真よりも色黒ですし、体つきが違うのは明白です」
瀬崎の言う通り、写真の中の偽者は色白で、鍛えているという印象が全くない様な肉体だった。
「そうだな…確かに。とすると、これは合成写真か?」
「恐らくそうではないでしょうか?」
平沼は写真に顔を近づけて凝視した。気持ちは分かる。実に精巧に作られているのだから。
「部長、それ私に頂けませんか?」
床に落とした肌着を取りながら瀬崎は言った。
「いや、合成写真だと言うのなら申し訳ないが渡せない。君を疑っている訳ではないが、この写真を使って、君が彼女に何か良からぬ事をしないとは断言出来ない。金森君も金森君だ。こんな写真を作って、私に送りつけて来るなどどうかしている。これ以上トラブルを起こさない為にもこの写真は私が責任を持って処分する」
保守的、と言うべきか。実際、色々と隅を突くような反論をすれば論破も可能かもしれないが、平沼をこれ以上刺激してもメリットは無い。大人しく瀬崎は頷いた。