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「さっきは、すいませんでした」
泣き崩れても、目の辺りは化粧が崩れていないところを見ると、化粧を直したのだろうか。それでも由香の目は真っ赤になっていた。
「私は、瀬崎と言います。今回、あなたの大切な人を奪った原因を作ったのは私です。本当に申し訳ありません」
これは瀬崎の本音だ。瀬崎が亮を巻き込み、そして飯田を巻き込んだ。こういう因果関係を辿っていく事は不毛であるかもしれないが、瀬崎が巻き込んだ事件と、飯田に何ら因果関係は無いとは言えなかった。
「それは今、亮君から聞きました。でも、それは彼が、瀬崎さんや亮君の為にやった事ですから私が瀬崎さんを恨む理由はありません」
見た目の割りに凄くしっかりした言葉を使うものだ。まずは、飯田を巻き込んだ瀬崎に対して怒り狂う彼女を宥める所から始めなくてはいけないと思っていた瀬崎は一安心すると共に、由香のそんな一面に関心した。
「今回、私が亮君に連絡したのは彼からずっと言われたからなんです」
そう言うと、由香は黙って立ち上がり、リビングの引き戸を開け、押入からA4サイズの茶封筒を取り出した。
「これを渡してくれと」
茶封筒の表紙には何も書かれていない。亮は瀬崎の顔を見た。瀬崎が黙って頷くと、亮は由香から封筒を受け取った。封筒は封がされておらず、中身が確認出来る状態だった。
「中を見た事はありますか?」
瀬崎が由香に聞く。
「いえ。彼にこの押入れに入れてあるものは絶対に見ないで欲しい、と言われてましたから」
「そうですか」
「私、見ない方がいいですか?」
「いや、そういう訳ではありませんが、こういう事件があっただけにどんな物が入ってるか分からないのでね。ちなみに、飯田さんの事件の加害者だと私達が疑っている人物から、私は切り落とされた指を送りつけられた事があります」
瀬崎がそう言うと、由香は小さく「えっ」と言い、顔色を変えた。
「じゃあ、私は見ないでおきます。隣の寝室にいますので終わったら呼んで下さい」
そう言って、由香はリビングから出て、寝室へ向かった。亮が不思議な顔をして、小声で瀬崎に言った。
「兄貴、何であんな余計な事を?」
切り落とされた指を送られてきた事だ。
「いや、大した意味はなかったんだがな。普通、大事な人が誰かに託した物なら自分の目でも確認したくないか?託した人物が例え自分に宛てた物ではないとしても。それを素直に従うってのはどうも腑に落ちなくてね」
「まぁ、そう言われてみれば」
「確かに切り落とされた指ってのはきつい表現かもしれないが、俺ならそれが指だろうが、首だろうが、自分の目で確認したいけどな」
「兄貴、まさか由香ちゃんに何か疑いを持ってるの?」
「こんな事件なんだぜ?俺は全員疑ってるよ。お前やウチの兄貴を除いてな。まぁでも、今回のこれは俺の考え過ぎだとは思う。気が動転してる最中だろうし、本気で見たくないって思ってる可能性もあるしな。ただ、少し俺の中で違和感があるだけだ」
瀬崎の説明で亮は納得したように頷いた。そして、茶封筒の中身を全て出した。中にはA4サイズの紙が数枚、そして名刺が一枚入っていた。瀬崎はまず、名刺を見た。名刺には、投資コンサルタント中山誠一と書いてあるシンプルな名刺だ。
「シンプル過ぎる名刺に、投資コンサルタントか。自分で自分を怪しいと言ってるようなもんだな」
「これが、中山の?」
亮には有川が今は中山という名前を使っている事をここに来る前に伝えていた。
「中山、つまり有川の事だろう。飯田君が何か危険を感じていて、由香さんにこれを託した事、飯田君の感じた危険は金森愛と有川保であった事、この二つの線からいっても、この中山誠一という男が俺達の追ってる中山と同一人物である可能性は限りなく高いな」
次に瀬崎がA4の紙を取り出すと、思わず体が固まってしまった。その様子をおかしく思った亮が紙を覗こうとしてくる。亮がその紙を見ようとしているのを感じながら、この紙を亮に見られたくない、でもそれを拒む訳にもいかない、瀬崎の頭は混乱し、結局は体を動かすことも言葉を発することも出来なかった。
「え!?」
亮が声を上げ、瀬崎の方を見る。どうリアクションしていいのかも分からない。
このタイミングで、何故、こんな物がここにあるのだろうか。飯田基弘はこれを初めて見た時にどんな感情を抱いたのか。
さすがの瀬崎にも、それは分からなかった。ただただ亮にどういうするかを考えている瀬崎の手に握られていたのは裸の瀬崎と、金森愛が笑顔で抱き合っている「あの写真」だったのだ。