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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第4章 操り人形
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 瀬崎が川崎駅に着いたのは午後七時半を回った頃だった。亮との約束は午後八時だったが、瀬崎にとっても最後の手掛かりであって、もはや仕事どころではなく、急ぎの仕事だけを済ませ、会社を出てきた。

 帰り際、平沼に呼び止められた。


「瀬崎、最近毎日のように帰りが早いんじゃないか?」


 確かに、平沼の言う通り、最近は必要最低限の業務に少し毛が生えた程度しかこなせていなかった。それまでの貯蓄部分があるとはいえ、それを最近は食い潰しつつあることを自覚していた。


「申し訳ありません。部長には機会を見て、お話しようと思っていたのですが、実は家庭の事情で困った状況になっていまして」


 咄嗟に嘘を付くしかなかった。その言葉を吐いた瞬間、咄嗟に出た嘘の辻褄を合わせる言葉を紡ぐ為に、頭を回転させた。


「何かあったのか?」


 そう言って、平沼は部長室を顎で差した。一刻も早く帰りたいこういう時に限って、と思いながらも瀬崎は黙って部長室に入った。


「実は、母が体を壊しまして」


「どこが悪いんだ?」


「胃です。先日、吐血して倒れ、病院に運ばれました。原因は胃潰瘍だったんですが、検査の結果、精密検査の必要があると診断されまして」


「そうか・・・それは大変だな」


「私が見舞いに行ったり、早めに帰宅したところでどうなる事でもないのですが、母の病気の事で父や兄、それに事務所の事も色々とあるもので」


「それはそうだな。呼び止めてすまなかった。決して数字が下がってる訳でもないし、何かミスがあったという訳ではないのだが普段君のように数字を残す社員だと良くも悪くも目立つものでね」


「いえ。ご報告が遅れて申し訳ありませんでした」


「元々、本社営業部は社員の勤務姿勢は査定の対象には入らん。そういう時は家族の為に時間を使うのも必要だぞ」


「ありがとうございます。家族とゆっくり話してみます」


 勿論、瀬崎の母は病気などしていない。父も、兄も、家族には何の問題もない。咄嗟に出た嘘だ。むしろ、瀬崎家で今一番問題を抱えているのは瀬崎自身だ。

 平沼は最終的にはフォローしてくれたが、その裏では役員会で金森愛の件に関して何らかの言及をするつもりなんだ。もはや瀬崎の存在などどうでもいいのだろう。だが、無事に金森愛の件を解決したとしても、結果的に会社から目を付けられては意味がない。一刻も早く解決をしなければならない。


 川崎駅の開札で十五分程待っていると、亮が現れた。


「西川君は?」


「いや、今日は俺一人」


 一見、飯田という親友を失った喪失感は読み取れないが、やはり心のどこかで、まだ悲しみから立ち直ってはいないのだろう。

 川崎駅でタクシーに乗り、約十分程走る。その間、車内では特に会話はなかった。金森愛の事件が起きるまでの瀬崎と亮は沈黙が訪れるような間柄ではなかった。いつ会っても、互いに話題が尽きる事なく、一分一秒を惜しむように互いの言葉が絶えず行き交っていた。金森愛は、そんな二人の不変とも思えた関係性まで変えてしまったのか。

 タクシーはマンションの前に止まった。六階建ての中規模マンション。飯田が交際していた女性はここに住んでいるのだろうか。


「元々は俺の友達だったんだよ」


 亮がタクシーを降りると、口を開いた。


「二年位前かな。飯田と西川と三人で飲んでる時に盛り上がってさ、西川が誰か女の子呼ぼうって言い出して。ダーツで負けた奴が呼ぶってゲームをやったんだ。それで、その時に俺が呼んだのが彼女で、飯田が惚れてさ」


「そうか。ショックだろうな」


「うん。仲良かったからね。彼女はどうか知らないけど、飯田は結婚するなら彼女だって言ってた。まぁ気難しいあいつと一緒にいれる子なんてそうはいないからね」


 マンションの中はオートロックになっているが、少し古いタイプのシステムだった。亮が部屋番号を押し、呼び出しをかけると、女性の声で「どうぞ」という応答があり、オートロックが開錠された。


「今回の事、ショックは当然に受けてるんだけど彼女も凄く必死なんだ。だから、今回も彼女から連絡をくれたんだ」


「彼女の方から?」


 意外だったのと同時に瀬崎は一瞬嫌な予感がした。その予感を、瀬崎の表情から読み取ったのか、亮がエレベーターのボタンを押しながらすぐに否定した。


「あ、飯田が今回の事件に関する事を一から十まで彼女に話した訳ではないよ?元々、飯田はそういうヤバイ事もやってきてる人間だからさ、彼女を巻き込まない為にも自分の身の回りの事はあまり話さないんだ」


 それを聞いて、瀬崎はほっとした。エレベーターは三階に止まり、少し廊下を歩いた。すると、廊下に女性が一人立っていた。


「由香ちゃん」


 亮が由香と呼んだ女性はその声に反応してこちらを向いた。小柄で、黒髪ショートヘア、化粧も薄く、中学生の様な女の子だった。


「亮君」


 そう言うと、途端に目から涙が溢れ、その場に泣き崩れてしまった。



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