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飯田基弘の遺体が発見されてから二日後の夜。
男は自らがオーナーを務めるバーにいた。オーナーと言っても、表面上の経営権限は無い。表面上のオーナーを立て、経営を任せる。自分は裏で金を出資し、毎月マージンを受け取る。ただそれだけだ。男はいくつもバーを経営しているが、全て同じ手法だ。
静まり返った店内でお気に入りの洋酒を飲んでいたが、待ち合わせていた男は時間より数分早く店にやって来た。
「早かったな」
男はやって来た男の顔も見ずに行った。
「ええ。最近は夜しか自由に動けないもんですから」
「何か飲むか?」
「コロナを頂けますか」
この男が好んで飲むコロナビールを冷蔵庫から取り出し、カウンターに置いた。
「いただきます」
二人の男が黙ったまま酒を傾けている。最初に沈黙を破ったのは洋酒を飲んでいる男だった。
「殺す必要はあったのか?」
「ええ」
「お前の足もつかないんだろうな」
「勿論です」
「ならいい」
再び二人は黙った。お互い顔を見合さず、ただ正面を見ている。
「仕入れの方はどうなってる?」
「なかなか厳しいですね。警察が気付いてからは輸入の目がきついです」
「そうか」
「ですが、ご心配なく。ルートは一つではありませんから」
「ああ」
「そういえば、一つ気になってた事があるんですが、聞いてもいいですか?」
男はこの時、初めて店にやってきた男の目を見た。目が合った瞬間、質問をした男は一瞬怯んだ様な気がした。そんなつもりで見た訳ではないのだが。
「僕の元部下の指、何に使ったんです?」
男は目を酒に戻すと、そのグラスを手に持ち、床に叩き付けた。静まり返った店内にグラスが割れる音が響く。
「お前に、関係あるのか?」
「い、いえ・・・申し訳ありません・・・」
男はひどく気が短い。自分でもそれは自覚している。でも、それを抑える事は出来ないようだ。
「一人・・・やってしまったのなら仕方ないな」
男は目の前の洋酒のボトルに手を伸ばしながら言った。もう一人の男が新しいグラスを取ろうとしたが、男はもう片方の手でそれを制止した。ボトルにはもう大して酒は残っておらず、男はボトルのまま、洋酒を一口飲んだ。
「俺の事を嗅ぎ回ってる奴が、まだいるだろ?」
「え、ええ」
「邪魔だよな」
男がチラリと横目で見ると、コロナビールうを持った手が震えていた。
「・・・分かりました」
「今、君の名前は何だ?」
「中山、です」
「中山か。頼むな」
中山は一気にコロナビールを飲み干し、店を出た。残された男は表情一つ変えずに、洋酒のボトルを飲み続けた。