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翌日、瀬崎は仕事を終えると、瀬崎法律事務所へ向かった。人が死んだ以上、浩平や亮からの情報をただ待っているだけではいられなくなったのだ。
「お前何でそんな危ないことしてるんだ!」
浩平の他に亮にも金森愛や有川保の事を調査依頼していたこと、金森愛が瀬崎の自宅に来て何者かの切断された指を持ってきたこと、そして、昨日飯田が殺された事を話した。予想はしていたが、浩平は激怒した。
「俺もこんな大きな事件になるとは思ってなかったんだよ。最初は単なるストーカー被害だけだったからさ」
「だからってお前、何故もっと早く言わなかった!」
「兄貴はすぐに大事にしたがるからさ」
「なっ!既に大事になってるじゃないか!」
浩平の怒りは一向に収まらない。自分に内緒で警察に通報したくせによくもまぁここまで怒れるものだと瀬崎は関心すらした。
「それは結果論だろ。大体、兄貴。警察に通報しただろ?」
浩平が一瞬たじろいだ。
「通報、とは少し違うかな?いつかの事件で親しくなった刑事にあくまでプライベートとして話した、ってとこかい?」
「仕方ないだろ。俺はこうなる事を危惧してたんだ!大体、警察にもっと早く通報していればその飯田って人は殺されなかったなじゃないのか?」
「だったら聞くけど、最初の段階で警察に通報したら、警察は捜査してくれたのか?そして仮に金森愛を逮捕出来たとしても、当時の金森愛は実刑を受ける程の罪を犯しているのか?金森愛が出所後も俺達に危害を加えないって保証出来るのか?」
浩平がようやく興奮から冷めたようだ。冷めたというより、何も言い返せなくなったという方が正しいか。
「じゃあどうするつもりだったんだ?金森愛を自分で捕まえて、どうするつもりだったんだ?まさか、未来の安全を保証する為に殺すつもりだったとでも言うのか?」
「それは極論だろ。俺が言いたいのは警察に動かれたら、金森愛とまともに話す事も出来ずに一方的に金森愛の俺に対する怒りや憎しみを増幅させるだけだと言いたいんだ」
「お前の言う事にも一理あるかもしれないが、もうそんな話をしてる場合じゃないだろう」
体よく話を逸らした。優秀な弁護士と言ってもこの程度か、と瀬崎は呆れた。
今回の騒動以来、浩平の裏の部分がどんどん見えてきている。そしてそれは浩平に対する気持ちを凄いスピードで変えて行く。
「確かに殺人が起こった以上、警察は本格的に捜査を開始するだろう。飯田君を殺した犯人が金森愛かどうかは分からないが、金森愛と近い関係にある人物だという事は間違いないだろう」
「そうなると、お前も警察に話を聞かれるかもしれないな」
「話はするさ。でも、警察より早く金森愛を見つけたいというのは変わらないよ」
「まだそんな事を言ってるのか。相手は殺人にまで手を染めてる可能性があるんだぞ?次殺されるのはお前かもしれないというのが分からないのか!?」
「じゃあ俺は金森愛に一生怯えて生きろとでも言うのか?」
「なに?」
「さっきから言ってるだろ。俺は金森愛に逮捕されて欲しい訳ではない。ましてや罪を償って更生して欲しいなんてこれっぽっちも思ってない。俺が望んでるのは二度とあの女が俺に危害を加えないこと、俺に脅威を与えないことなんだよ」
「お前の言ってる事は分かる。分かるが、この国は法治国家なんだ」
「そんな事知るかよ。兄貴、さっき金森愛を殺すのか?と聞いたよな?正直に答えるなら、それも選択肢の一つさ。殺されるくらいなら殺すよ」
先日、亮にも同じ事を聞かれた。金森愛を捕まえてどうするのか?あの時は本音を言えなかった。
だが、浩平に対する怒りにも似た感情が、思わず瀬崎に本音をこぼさせる結果となった。だから瀬崎は少し後悔した。仮に本音であっても、仮に実の兄であっても、こんな事を口走るなんてどうかしてる、と。
案の定、浩平は瀬崎の言葉に反応出来なかった。ただ、唇を噛むようにして、瀬崎の目をじっと見ていた。
これ以上、浩平と話をしても仕方がない。警察が本格的に動く以上、浩平も弁護士としては動き難くなるだろう。むしろ、裏で動いていた亮の方がまだ情報を得る可能性が高い。
「帰るよ」
そう言って、瀬崎が席を立った。
「待て」
浩平が言う。瀬崎が浩平の顔を見ると浩平は俯いて何かを考えている。呼び止められた割に次の言葉が浩平から出て来ず、じれったかった。
「なに?」
「お前がそこまで覚悟を決めてるなら、紹介したい人がいる」
「え?」
「これから事務所に来れないか聞いてみるから少し待ってろ」
驚いた。浩平も裏で誰か人を使っていたのだ。裏で使うくらいだ。まともな事を依頼している訳ではあるまい。そして、こんな危ない事件に一枚噛ませるくらいだ。相当に信頼しているに違いない。弁護士といえど、正攻法ばかりではやってられないってことか。
これまで浩平の口から出た数々の正義感溢れる台詞が、瀬崎の頭をぐるぐると回った。それと同時に、少し浩平を見直した。




