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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第3章 絡み合う思惑
32/89

9

 時間がなかった。谷本の話によれば月末の役員会では瀬崎の処遇が話し合われる。しかも、平沼部長がその場に出席する可能性がある。平沼部長の真意は分からないが瀬崎を本社から追い出す、場合によっては退職に追い込もうとしている可能性がある。役員会のある月末まで残り丁度二週間。十四日だ。それまでに金森愛の退職理由の誤解を解き、金森愛、有川保の件を解決しなければならない。時間的に考えれば、このままでは不可能だろう。瀬崎は最短ルートを導き出した。

 まず、優先すべきは金森愛。金森愛を捕まえて、真実を問う。そして金森愛に関する真実を公開することが出来れば、会社の見方は必ず変わるはずだ。それに金森愛を捕まえれば有川保の件も聞き出せるかもしれない。金森愛だ。金森愛さえ捕まえる事が出来れば。

 亮や浩平からの報告は事態の深刻さを知らせるものばかりで、居所に繋がる情報は今の所一つもない。金森愛の退職、つまり両者の対立が始まってから二週間が経とうとしていた。


 それから二日。やはり何の進展もなく時間は過ぎていった。残り十二日。谷本からの情報では役員会の議題が書かれた紙が事務局である総務部に配られたらしい。そこには、『契約社員退職の経緯について』と、しっかりと明記してあったそうだ。そして特別出席者として平沼の名があったのだ。瀬崎と谷本が描いた最悪のシナリオ通りに事態は進んでいる。

 その日も何の進展もなく一日を終えようとしていた。瀬崎は小一時間の残業を終えて、会社近くのレストランで一人夕食を取った。真由はどうしてるだろうか。毎日電話で連絡は取っているものの、ふとした時に思う。特に、こうやって一人で夕食を取っている時に。真由も何も進展しないことに不安を抱いている。こんな面倒なことは早く解決して早く元の生活に戻りたい、瀬崎は心底そう思った。

 帰宅して、携帯を何気なく見ると、亮から着信があった。昨日、進展無しの報告を受けたばかりで、連日電話があるということは何か情報を得たのかと、少し期待した。そして、その報告が更に状況を悪化させることのない内容であることを願って、電話を掛け直した。

「電話すまない。何かあったか?」

「うん。西川からの情報が入った」

 西川は亮の友人二人の内、薬物売買の仲介経験のある方だ。

「兄貴、警察が動いてる」

 悪い情報だった。こうも事態が悪循環するのは経験がない。

「なぜ?」

 深いため息をつくしかなかった。

「わからない。西川が金森愛の居所を絞ったらしく、その調査中に警察に鉢合わせたらしい」

「気付かれたのか?」

「いや、西川に前科はないし、俺達の行動に気付かれることはない。ただ、その時に今回の事情は話さずに、カムフラージュとして連れて行った友人がその刑事と面識があったらしい」

「状況はまずいのか?」

「場合によってははっきり言ってやりにくい状況になったね。飯田は前科者だし、西川は逮捕歴はないけれど、逮捕される理由は今も抱えてる。俺自身もガキの頃とはいえ、一度世話になってるからね」

「何故警察が動いてるんだ」

「兄貴は通報してないんだよね?」

「勿論だ」

「じゃあ考えられるのは金森愛が別件で警察に追われてるか、金森愛とは全然別の誰かを追ってる所にたまたま会ってしまったのか」

 そのどちらも瀬崎はしっくり来なかった。自分にすら尻尾を出さない金森愛が警察に簡単に尻尾を掴ませるはずはないし、後者に関しては確率の問題で納得出来ない。その二択を消去すると、一つの考えが浮かんだ。

「兄さんか」

「え、浩平さん?」

「ああ。前に少し話したが兄さんにもこの件で動いてもらってる」

「あぁそっか。浩平さんならあり得るかもしれない」

「こんなに早く動かすとは・・・」

 こうなる事を懸念して、浩平には金森愛が自身の髪と、何者かの切断された指を置いて行った事を言わなかったのだが、瀬崎が考えるより遥かに浩平は事態を重く見過ぎていたという事か。しかし、警察との鉢合わせは、ある一つの可能性を示唆している。

「つまり、金森愛はその近くにいるんだな」

 亮は黙っている。何故だろうか。確かに警察も金森愛をマークしている、と言うのなら西川や飯田が彼女に近付くのはリスクがある。特に西川は薬物を実際に売買している人間だ。クリスタルには関与していないとはいえ、あらぬ疑いから芋づる式に西川が逮捕される可能性があるというのは非常に高いリスクだ。ただ、警察に追われる覚えのない瀬崎や、少年時代の前科しかない亮にとってはリスクというリスクはないのではないだろうか。

「兄貴の言う通り、そこの近くにいる可能性は高い」

「場所を教えてくれ。二人が警察へのリスクを抱えているのは分かる。だから、二人はもう手を引いてもらって構わない。俺が行く」

「兄貴一人じゃ行かせられないさ。あんなものを見せられちゃね。俺も行く。ただ、一つ確認しておきたい事があるんだ」

「何だ?」

「兄貴、金森愛を捕まえてどうするつもりなの?」

 いつか聞かれるだろうとは思っていた。最初は単なる行き過ぎたストーカー行為だったので、亮も特に不審に思わなかったのだろう。捕まえて、きつく話をする程度だと考えていた筈だ。しかし、事態は深刻化し、金森愛の行動は誰が見ても悪意に満ち溢れている。警察には言わず、自身の手で捕まえたいのは、逮捕までの時間、また逮捕されてからの処罰の程度に不安があるから、という事で亮の納得を得る事は出来た。ところが、肝心な『どうやって金森愛を止めるのか』という部分については、今まで意図的に触れてこなかった。しかも、亮のあの言いにくそうな雰囲気や、聞き方、明らかに亮は良からぬ事を想像しているに違いない。

「どうするも何も話をするさ」

「話して納得するような女なの?」

「それは分からない」

「納得しなかったらどうするの?」

 亮はやはり瀬崎の答えを予測している。そして、それを瀬崎自身の口から言わそうとしている。

「それなりの措置は取らせてもらうさ。こっちも身の危険を感じてるんだ。法的な措置が必要であれば兄貴に手を借りるまでだし、法的な措置では抑止力にならないようであれば実力行使に出るしかないとも思ってる」

「実力行使?」

「ああ、仕方ないだろ。やらなきゃこっちがやられるんだ」

 そう言わなければ亮は納得しないだろう。

「分かった。でも、俺にもその判断の意見を言う権利をくれないか?いくら相手が犯罪者とはいえ、兄貴には簡単に犯罪者にはなってほしくない」

「勿論だ。一緒に行ってもらう以上、俺自身の勝手な判断で取り返しのつかないような事をするつもりはないよ」

 そう言うと、亮は安心して電話を切った。その後、一休みして風呂から上がると、亮から再度電話が来た。明日二十時、目黒駅で亮と西川と待ち合わせをし、金森愛の居場所へ案内してもらうという事務連絡だった。いよいよだ。



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