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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第3章 絡み合う思惑
30/89

7

 浩平がよく使う喫茶店。奥の静かな席は浩平が好んで選ぶ場所だ。その浩平の向かいに座る刑事の大久保は、いかつい腕を組んで険しい顔をしている。

 大久保とは何年か前に浩平が弁護の担当をした刑事事件で知り合った。浩平とは同い年で優秀な刑事だ。はっきりとものを言う性格で、嘘を付かない正直な大久保とは妙にウマが合ったので、刑事と刑事事件の弁護士という何とも複雑な関係性ではあるが、事件後もプライベートでは酒を飲みに行ったり、仕事でも互いにメリットのある関係を築いていた。


「弟さんも厄介な人間に目を付けられたね」

 準平の話を一通りして、大久保が最初に発したのがその言葉だった。事件の概要を聞かされればそういう反応になるのは自然だろう。

「まぁ単純にこの手の相談を受けたら警察として捜査に動くか、と言われたら非常に微妙なケースだな」

「やっぱり」

 ストーカー規制法があるとはいえ、この手の事件に警察が動くのは非常に微妙な線引きがあるのは間違いない。しかも今回の被害者は男だ。

「それでも本当に危険を感じているなら本人から警察に相談に来させるべきだ。現場判断にはなるけど、相談をした、という実績を作るのとそうでないのでは今後の対応が変わってくるのは事実だしね」

「なるほどね。もう一人の有川保の方はどう思う?写真に関しては完全にストーカー行為だし、弟に宛てた手紙も証拠としては十分だと思うけど」

 大久保は難しい顔をした。まさか、この事件でも警察は動かないとでも言うのか。そんな馬鹿な話はない。これはれっきとしたストーカー行為だ。これに対しても曖昧な返事をするようであれば、浩平はこの話を切り上げるつもりでいた。

「こっちの男の場合は、それどこじゃない」

 大久保からの回答は意外だった。

「それどころじゃない?」

「うん。有川保。こいつを俺は知ってる」

「え」

 大久保の複雑な表情の意味がやっと分かった。

「それも、刑事としてだ。刑事として、俺はこいつを知ってる」

「あ!クリスタルか?」

「勿論、それもそうなんだけど」

 大久保は更に険しい表情を浮かべる。有川保、金森愛。二人がクリスタルに関わっていた可能性は非常に高いが、二人には大きな違いがある。クリスタルを求めていた可能性がある金森と、クリスタルを捌いていた可能性がある有川だ。どちらも犯罪には変わりないが、売る側の方が罪が重く、注目を集めるのは当たり前の話だ。浩平はそういう事情で大久保が有川を知っているのだと予測した。

「クリスタルはさ、新種の薬物だし、その効果もこれまでの薬物とは一線を画した代物なんだよ。何せ、従来の違法薬物より遥かに体内に残りにくいんだからな。こんな薬物が蔓延すれば国家崩壊レベルの話だ。だから警察も当時、取締りにはかなり力を入れた。そのおかげでクリスタルの輸入元はほぼ一掃出来たんだ」

 クリスタルの特徴については檜山から聞いていた通りだった。

「ただ、まだ完全に根絶させた訳ではない。今も使用者をポツポツと逮捕している。そいつらの情報を纏めると、どうもクリスタルの入手先は元EDENの関係者だ、という結論に辿り着いた」

「EDENって有川が前に勤めてたっていうバー?」

「そう。でも、EDEN関係者は彼等自身が薬物の常用者ということもあって、ほぼ逮捕した。未だに行方が分かっていないのが、EDENの裏の経営者と、この有川保なんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。行方が分かってないって、有川はついこの前まで予備校の講師をしてたんだぞ?行方が分からなくなったのは十日前くらいのことじゃないか」

「そう。EDENを摘発したのが約三ヶ月前。この三ヶ月間、有川が有川だと気付けなかった」

「そうか。有川は神崎と名乗ってたって」

「それだけじゃない。どうも有川がEDENで勤めていたのはEDENがクリスタルの取引を仕切るようになる何年も前の話らしいんだ。つまり、有川はEDEN在籍期間中はクリスタルに関わっていない。クリスタルがEDENで捌かれていたのは去年辺りからって調べはついてるみたいだからな。それもあって当時は有川とクリスタルは直接結びつかなかった」

 浩平は不可思議な話にいつになく興奮し、頭が混乱しているのが自分でも分かる。頭を落ち着ける為にアイスコーヒーを一気に流し込んだ。

「じゃあ有川はクリスタルと関係ないんじゃないのか?何で警察は有川をクリスタルと関連付けて捜査してるんだ?」

 大久保が頭を掻く。困った時はいつもこうだ。

「何だか喋りすぎちゃったかな。瀬崎先生を信用してるからだからね?頼むから他言はしないでくれよ?」

 浩平が力強く頷く。

「クリスタルの出元に有川の疑いがかかってるのは、クリスタルの使用者からの情報だ」

「複数の証言があるのか?」

「いや、証言じゃない。携帯電話の通話記録さ。何十人もの使用者の携帯を調べると、三つの番号が共通点している事が分かった。番号は定期的に変えていたみたいだが、その三つの番号は全て有川が所有していた携帯なんだ。勿論プリペイド式の物だけどな」

「ほぼ確実な証拠じゃないか。もっと追及すればその何十人と逮捕した奴らから一人くらいはもっと重要な証言を聞けるんじゃ?」

「それは出来ない」

「え?」

「そいつらは逮捕した訳じゃない。全部遺体だ。遺留品の携帯電話から発覚したんだ」

 思わず言葉を失った。

「クリスタルは常用すると非常に危険なんだ。確かに使用しても体内に残りにくい。人によって個人差はあるが、一定の量を超えると、クリスタルは体内に消化されなくなるらしい。クリスタルがまだ体内に残ってる間に、新たにクリスタルを使用すると、特殊な化学反応とやらを起こし、死に至る。まぁそういう化学的な話は詳しくないからよくわからんがな」

 体内に残りにくく、それでいて効果は従来の薬物以上の快感をもたらすクリスタル。しかし、一方で常用すると薬物の成分同士が過激なアレルギー反応を起こす。そして、それは命までを奪う。つまり、使用者に何ら危険信号などを出さずに一瞬で命を奪い取るのだ。それを使用者は、販売者は知っているのだろうか。

「とんでもない薬じゃないか」

「そう。だから一斉に取り締まったんだ。これも内密な話だが、クリスタルの国内売買に深く関わっていたEDENの幹部に対しては公安も動いたくらいだ」

「公安!?公安って言ったら・・・」

「そう。クリスタルの売買は国家へのテロ行為と同等の扱いを受けていたんだよ。その中の一人が有川保なんだ」

「有川は間接的とはいえ、クリスタルを使って何十人もの人間を殺してるってことか」

「まぁそう判断するのは早すぎるけどな。あくまで彼等の携帯電話の通話記録の共通点に有川が浮かんだだけの話で、有川が薬物を捌いていた、と断定出来るものじゃない。それに彼等が本当に有川から薬を仕入れてたとしても、有川が彼等を殺したっていうその理論は少し強引かもな。結局は彼等自身も違法と認識があった上で買ってるんだからな。ただ、俺がこれらの情報を知ったのは有川という人物を知った事後なんだ」

「え?てことは、それより前に何かで有川は何かで警察に目を付けられるような事を起こしたのか?」

 大久保はじっと浩平の目を見た。浩平の何かを探るような刑事独得の目だ。それに負けず、浩平はじっと大久保の目を見返した。そしてゆっくりと口を開いた。

「有川には別件で殺人の容疑がかかっているんだ」

 浩平は頭が整理しきれなくなりそうになっていた。

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