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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第1章 狂いだす歯車
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 悔しくて涙が止まらない。恋愛でこんなに悔しい思いをしたことはかつてなかった。いつだって私は求められ、そして私が捨ててきた。それなのに何故あの男は・・・。お台場から、一人で暮らす新小岩のマンションに帰るまで必死に堪えていた涙が、帰宅した途端に溢れ出た。


 愛は幼い頃から、「可愛い」「天使のようだ」と、褒められて育ってきた。小学校に上がって、数多くの同年代の友人達に出会い、彼、彼女らの容姿を見ると、それらの褒め言葉がお世辞ではなかった事に自らも気付いた。その美貌は、母譲りだった。授業参観や、ピアノの発表会などで同級生の目に触れる美しい母が彼女の自慢だった。愛が中学生になり、母に将来の相談をするようになると、決まって言う事があった。

「女の世界で生きていくのは大変よ。かといって、男社会に飛び込んで男と張り合っても女ってだけで負ける事もある。女はね、将来性のある男を見つけて、結婚して家庭に入るのが一番楽で、一番賢いのよ」

 母の言う通り、愛の父親は複数の飲食店のオーナーで、それ以外に幾つも土地を所有する大地主だった。容姿や性格には少し難があり、母や自分とも度々ぶつかることがあったが、それと引換えに母は定期的にエステに通い、高い化粧品やブランド物を身に付け、日々を謳歌している。愛自身もやりたい事は何でもやらしてもらってるし、欲しい物を我慢した事もない。母の言っている事は正しい。愛はそう確信した。


 高校生になって、ますます美しくなった愛は、男を覚えていく。黙っていても毎日のようにアプローチは来る。ルックス、性格、成績、家柄。様々な観点で男を見る。付き合ってみて、不満が出たらすぐに捨てる。妥協はしない。私にはそれだけの価値がある、と確信しているからだ。学生同士の恋愛など、所詮はお遊びであることも母から学んでいた為、学生時代の恋愛は決して青春の思い出の域を超えなかった。学生時代最後に付き合った男性とも、卒業とほぼ同時期に愛から終わりを告げた。


 そして、愛は就職先に全日本不動産本社営業部の契約社員を選んだ。同社本社営業部の契約社員は女性のみで構成されている。しかも、募集条件にルックスと堂々と明記されているのだ。顔とスタイルが良ければ良し、ダメならダメ。実に分かりやすい。全日本不動産本社営業部の契約社員は、美を追求する女性のステータスにすらなっていた。現に同社契約社員出身の女性が芸能界入りしているケースもある。

 また、そこは愛の母が言う結婚相手を探すにもうってつけの場所だった。全日本不動産本社営業部はそれこそエリート集団だ。大半が四十を越えた社員だが、中には三十代の社員もいる。数多くの修羅場を乗り越え、競争を勝ち抜いてきた四十代の社員が主戦場のそのステージに抜擢される三十代の社員というのは、もはや将来を約束されたようなものではないか。ここで私は勝ち組への切符を手にする、そう意気込んだ。

 ところが、実際に蓋を開けてみると、愛の思惑とは少し違う結果となってしまった。三十代にして本社営業部に配属されるような優秀な社員は、生来の才を全て仕事をする為の能力に費やしたのか、結婚相手としては多くの問題を抱えていた。容姿が圧倒的にひどく目も当てられない者、自分以外全員を見下すようなプライドの高い者、女に興味のない者もいた。

 そしていよいよ三年目、一部特例はあるが原則では契約期間最後の年。この二年間、全日本不動産本社営業部の肩書きを加味しても、結婚はおろか、交際すらも我慢出来るという男はいなかった。そんな中で、その年の三月頃から二十代の社員が配属されるというニュースが本社営業部の中で持ちきりになった。長い社歴の中でも初めての異例人事と聞く。でも、三十代でもここまでの変人が集まってるのに、これが二十代となると、どんな男が来るのか。想像は出来ないものの、期待は全くしていなかった。

 配属初日、目の前に現れたの期待の二十代は愛にとっての期待を遥かに超えていた。長身で体格も良く、爽やかな顔立ちで笑顔はまるで子供のように純粋。全日本不動産の肩書きなんか無くたって、ルックスだけなら今まで出会ってきた数多くの男の中でも一番だ。この人だ。愛の中で初めてゴーサインが出た。

 当然、二十人弱いる契約社員のほとんどが愛と同様の考えを持っているのは言うまでもなく、彼をターゲットにするライバルは多かった。ところが、彼には付き合って一年超になる恋人がいることを知ると、ライバルは途端に減っていった。しかし、愛はその程度では何とも思わない。あれだけの男に特定の女がいないはずがないじゃない。最初からそういう事は想定しておくものよ、と。

 愛の言う通り、愛が目星を付けるような優秀な男は、これまで大抵が既に先約済だった。ただ、これを気にしていると、その男が自由の身になるまでひたすら待つしかない。しかも、自由の身になるとは限らないのにだ。

 だったら、奪えばいい。その為には美しさや、表面上の性格だけでは足りない。何が必要なのか。男は女に何を求めるのか。金?違う。地位?違う。癒しや包容力はもっと深い関係になってからだ。むしろそれは男を繋ぎ止めておく為のスキル。

 その答えは体だ。特に二十代や三十代の男は女の体を求める。どんなに綺麗な言葉を着飾ったところで、男の本音というのはそれなのだ。それに、体を綺麗に保つだけでも、受身でいるだけでもダメなのだ。やはりそこに「スキル」が伴わなければ。

 一人で街を歩けば、男の視線を欲しいままにする美貌を持った愛に、色気を持って迫られ、いざ一線を越えてしまった時、忘れられないような快楽を味わった男が、愛に乗り換えるのは容易に想像が出来る。ある程度大人になった男女が深い関係になるキッカケなんてものは、はしたないように聞こえるが、体の関係を持つのが一番なのだ。


 彼女はそうやって、何人もの男を奪ってきた。世間では愛の行為は「寝取り」と言われ、時には逆恨みされて怖い思いをしたこともある。でも、これは人生の為。皆が遊ぶ時間を削って、将来の為と必死に勉強することと同じ。将来の為の試練に過ぎない。

 そして、今、彼女にそれらの集大成をぶつける男が現れた。


 男はあっという間に彼女に気を許した。幸い、彼の雑務を担当するアシスタント役には愛が選ばれたから親しくなることは容易だった。いつの間にかランチを供にし、ランチが夜の酒に変わるのに時間はかからなかったが、酒が強い彼は酔って男としての本性をさらすようなことはなかった。酔った勢いで一夜を供にし、そこで彼女自身の武器を見せつける事は彼には出来なかったのだ。

 彼が自分に好意があるという事は確信していたが、キスどころか体に触れる事もしてこなかった。当時はそれをもどかしく感じつつも、そんな彼の誠実さに、愛は彼の存在を自分の人生を良くする為のツールではなく、一人の男性として本当に惹かれていってしまった。数多の男性と交際をしてきた愛だが、こんな風に男性を想ったことはただの一度もなかった。

 一方で、そんな彼とのプラトニックな状態が三ヶ月を経過した頃、彼女には焦りも生じていた。噂で、彼が夏に引っ越しをしたという話を聞いたからだ。自分のプライベートな事を絶対に話さない彼に、恋人との同棲なのか、と質問をしても取り合ってはくれないだろう。彼の機嫌を損ねるのだけは嫌だった。

「前に進みたい」

 そう言って、彼の腕に自分の腕を絡ませた。今まで、ここまで彼女にさせた男はいなかった。とっくに男が彼女を欲するからだ。

「冗談はよしてくれ」

 そう言って、彼が彼女の腕を払うなど思ってもみなかった。


 悔しい。


 復讐だ。


 私に恥をかかせた復讐。


 あなたも恥をかきなさい。


 愛は何かを決心して、携帯電話を手に取った。

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