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結局、飯田の最後の話によって、それ以上あの場で酒を飲んでいても仕方が無い、という事になり、亮は解散することを選択した。瀬崎が会計を済まし、飯田と西川とは店の前で別れた。
「亮、もしこの後予定ないなら少しウチに寄って行かないか?」
時間は間もなく夜十一時。遅くに家に招待されるのは初めてだ。店に現れた時の様子といい、この誘いといい、今日の瀬崎は何か違和感があったし、何より手に持っている小箱も気になる。今回の話に関わる事だからわざわざ持ってきたのかと思ったが、会話中、一度もそれに触れなかったところを見ると、そういう訳ではなかったのだろうか。
久しぶりに瀬崎の自宅に入る。以前訪れた時は、確か瀬崎の夏期休暇の頃だった。真由の手料理をつまみに、昼から酒を飲んだ。
「飲み足りないだろ?焼酎飲むか?」
「あ、うん」
瀬崎が脇に抱えていた小箱をテーブルに置き、戸棚から焼酎を取り出した。
「つまみは乾き物しかないな。真由がいないから冷蔵庫にも何も入ってない。何か買ってくればよかった。ピザでも頼むか?」
「いや、いいよ。乾き物で」
瀬崎が焼酎、アイスボックス、グラス二つ、乾き物の詰め合わせのような袋をいくつか持ってリビングに入ってきた。瀬崎と二人で焼酎を飲む時は年上でありながらも瀬崎が酒を作ってくれる。最初こそ、そういう役目は自分がしなければと思っていたが、瀬崎の割り方は実に絶妙なこともあって、以来、ずっと甘えている。
「じゃあ、とりあえず」
そう言って、また意味の無い乾杯をする。先程の薄暗い店では思わなかったが、こうして明るい部屋で改めて瀬崎の顔を見ると、相当疲れているように感じた。
「亮、金森愛や有川保の事をお前に話して、今、協力して貰ってるよな」
「え?あ、うん」
唐突に瀬崎は語り始めた。
「すごく感謝しているし、助かっている。心強いよ。今日の二人と会って改めてそう思った」
改まってそんな事を言い出したものだから、亮は少し恥ずかしくなってしまった。
「い、いやいいよ!言ったじゃん、兄貴の為ならって!」
そう笑いながら言ったのだが、瀬崎は何やら神妙な顔つきで俯いたままだ。やはり今日の瀬崎はどこかおかしい。この妙な会話の切り出しも、この先にどんな爆弾が待っていてもおかしくないとしか思えない。
「兄貴、今日おかしいぜ?何かまだ俺に話してない事があるんじゃない?」
瀬崎は少し驚いたように亮を見た。何か言いたそうにしている。
「兄貴。何を言い出せずにいるのか分からないけど、今回の事件の事に関するなら、それは言ってくれよ?俺だってもう首突っ込んでるんだからさ」
瀬崎は亮の目をしばらく見て、そしてまた俯いて言った。
「そうか・・・そうだよな」
「今回の事件の事なんだね?」
瀬崎がグラスをテーブルに置き、ゆっくりと顔を上げ、亮の目を見た。
「本当に、いいんだな?」
その念押しが亮にはいまいち意味が分からなかったが、亮は力強く俯いた。
「今日、店に行く前の出来事だ。あまりに気味が悪かったから全部片付けちまったけど」
そう言って、瀬崎は携帯電話を取り出し、何か操作をし、画面をわざわざ伏せて、テーブルに携帯を置いた。
「覚悟して見てくれ」
瀬崎は人を無意味に脅かしたり、開けてみてガックリくるようなオチのある話をするような人間ではない。その言葉に不安を感じながら亮はゆっくりと携帯電話の画面を自分に向けた。最初はよく内容を把握出来なかった。写っているのは玄関ドアに見える。どこかで見覚えがあった。ドアの玄関ポストに目が行った。画面を少し拡大してみると、亮は背筋がぞっとした。
「え・・・髪・・・?」
「ついさっきだ」
「え、あ、兄貴の家?」
瀬崎が頷く。写真に写っているのは瀬崎の自宅。つまり、この部屋の玄関ドアだった。その玄関ドアのポストからはみ出るように茶色の長い髪の毛が、束になってポストに挟まれていた。瀬崎が黙って立ち上がる。不気味過ぎるその画像から亮は目が離せなかった。
「それがこれだ」
「うわっ」
瀬崎の手には写真に写っている髪の毛が握られていた。長さは三〇センチ程であろうか。自分でザックリと横に鋏を入れたように何百本もの茶色い髪の毛がそこにはあった。
「気持ち悪いし、気味が悪いが、証拠になると思って取っておこうと思ってな」
「あ、あぁ」
「ポストの中にはこんなものも入ってた」
瀬崎が出したのは、一枚の紙切れと、先程から瀬崎が抱えていた小さな箱だった。
「これ、まさか・・・」
亮はもう震えていたかもしれない。一枚の紙切れには<久しぶり>という赤い文字が書かれていた。その赤はインクのような赤ではなく、赤黒い血で書かれた文字であることはすぐに分かった。
そして、瀬崎は動揺しきっている亮に無言で小箱を差し出した。開けたくなかった。ここまでの事をする女が、この小箱に何を入れたかなんて知りたくもなかった。そして、それがきっとロクでもない物であるのは何となく察しがついていたから。
「あけて・・くれ」
瀬崎の声もおかしい。怯えているのだろうか。同じ感情を持った人間、それも自分が唯一尊敬する人間と同じ感情を得ているという事が亮の背中を押した。亮は箱を開けた。箱の中は、腐り始めている人の指が一本、丁寧にピンクのリボンに巻かれてプレゼントのように収められていた。