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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第3章 絡み合う思惑
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2

 約束の九時になってもまだ瀬崎が現れないので、メールを入れた。瀬崎は時間に遅れる事は滅多にないし、仮に遅れるとしてもそういう連絡を疎かにする人間ではない。飯田も、西川もいつもなら酒を飲むとなると、終始騒がしいが、さすがに今日はそういう気分にはならないのだろう。ミックスナッツをつまみに大人しくビールを飲んでいる。亮も瀬崎より先にビールを飲むのは少し戸惑いがあったが、連絡は来ないし、何より少し酒を入れておかないと事態が深刻過ぎて冷静に話が出来るか否かも分からない気がしたので、マスターにビールを頼んだ。その直後、瀬崎からメールが入った。

<遅れてごめん。もう少しで着く。先に飲んでて>

 飯田と西川にその内容を伝え、マスターがビールを持ってくると、二人と静かに乾杯をした。最も、この乾杯は何に対しての乾杯なのか、全員に疑問が浮かんだだろうが。

「まぁでも瀬崎さんも厄介な女に引っ掛かったもんだな」

 西川が言った。西川とは幼馴染なので、瀬崎とは一度だけ三人で飲んだ事もある仲だ。

「確かにな」

 飯田は無口で無愛想な男だが、意外と情に熱い男で、昔、亮から受けた恩を今も忘れておらず、まるで時代が違えば、亮に対して忠義を誓うかのような侍のような男である。

「うん。兄貴にしては珍しいよ、こんなミス」

 瀬崎はまだ知らない。金森愛、有川保、この二人がどれだけ深い闇を抱えているのかを。そして、瀬崎が光の見えない闇の中にいる、という事を。それを知った瀬崎がどうなってしまうのか。それが不安で堪らなかった。

「申し訳ない」

 振り向くと、そこに瀬崎が立っていた。手に小さめの箱を抱えているのが気になった。

「ご無沙汰してます」

 西川が立って挨拶をする。見た目はチャラチャラしているし、犯罪を生業としているが、こういう礼儀面だけはしっかりしている男だ。飯田も、黙ってはいたが立って会釈をした。

「せっかく来てくれたのに遅れて申し訳なかった。亮の友人の瀬崎です」

 いつもプライベートでも初対面の人には名刺を出す瀬崎だが、この場で出さないのは話の内容が内容だからなのか、それともか二人の素性を知っているからなのか。瀬崎もとりあえずビールを、とビールを注文した。どことなく、いつもの瀬崎と様子が違うような気がしたが、こんな状況では仕方が無いか、と亮はすぐに本題を切り出した。

「じゃあ、世間話なんてする心境でもないだろうから、いきなり本題だね」

「おう」

「兄貴、まずこの一週間、EDENの事について調べたよ」

「EDENに関しては俺から話そうか」

 西川が言った。確かにEDENの情報はほぼ全てが西川から得た情報なのでその方が手っ取り早い。亮は頷いた。

「大体の事は亮から聞いてると思いますが、金森愛、という女の家にあったマッチ。これは先日まで都内にあったバー、EDENのマッチです」

 西川がそう言って、マッチを二つ出す。先日、亮が瀬崎に説明をした赤文字と白文字、二種類のデザインのマッチだ。

「この違い、亮から聞いてますね?」

「ああ。白は一般客用。赤は薬物取引のパスコードが記載されてるもの、だったかな」

「そうです。金森愛が持っていたのはこの赤文字のヤバイ方。そこで、聞いてみました。昔、このヤバイ方のマッチを持っていた事があるって人に。この赤文字マッチの入手方法をね」

「亮から聞いたのは、既にEDENで取引経験のある紹介者に、自分も取引を希望する旨を伝えて初めて、そのマッチを貰える、だっけか」

「少し違います。このマッチは貰うんじゃない。買うんです」

「買う?」

「ええ。仰ったように、EDENで取引をするには紹介者が必要です。ただ、紹介者に希望するだけではこのマッチは得られません。相応の金がいるんです。ずばりマッチ一つで百万」

「百万!?」

 瀬崎と、詳しい内容を知らなかった飯田が驚いた。

「まぁ紹介者によって、多少の差異はあるでしょうが、相場が百万ということなんでしょう。しかもそれだけじゃありません。その金はあくまで店に払う前金。新規の客が、紹介者を通じて店に支払うシステムです。紹介者には紹介料としていくらか支払う必要があるでしょう。それに実際に取引するには量に応じて追加料金が発生します。しかも、必ず対面取引で、替え玉取引には応じないらしいんです」

「対面取引って事は必ずEDENに行かなきゃいけないって事か?金の割にはリスクが高いんだな。そんな事までして買う奴いるかよ」

 飯田が珍しく反論した。

「いや」

 瀬崎が煙草に火を点け、言う。

「確かにその取引方法に疑問はある。だが、注目すべきはその取引方法ではなく、そこまでしてでも購入者がいた理由だ。つまり、自然に考えればそのクスリにはそれ程のリスクを冒してでも手に入れたい何かがあるんじゃないのか」

 西川は少し驚いた表情をしたが、すぐに余裕を取り戻し、笑った。

「その通り。そこまでしても欲しいクスリ。名前をクリスタル、と言います。クリスタルの最大の特徴は薬物反応で、簡単に言うとクリスタルを摂取しても薬物反応が非常に出にくいという事なんです。勿論、全く出ない訳ではありませんが、従来の薬物と比較すると、二十パーセント以下、通常の薬物検査で行われる尿検査においての発覚率は五パーセント以下と言われています。その上で得られる快感は個人差はあれど、かなり上等なものだ、という事です。まぁ効力に関しては俺もやったことがないのであくまで噂レベルの話ですが」

「そんなもの、科学的にあり得るのかい?」

「いや、そこまで詳しい事はまだ分かりませんが、事実としてクリスタルが原因で逮捕された人物は摂取の直後に逮捕された二人だけ、という話です」

「そんな数字アテになるのかよ。統計を取った訳じゃないだろ?」

 今日の飯田はいつになく反論する。

「統計を取った訳じゃないが、こういう噂レベルの話でも需要者にとっては、貴重な情報なんだ。飯田の言う、統計のような正確で安心出来る情報がないからこそな」

 いかにも自分が薬物を取り扱ってないと言えない台詞だ。

「つまり、まとめると、EDENで取引していたクスリはクリスタル、という物で、これは科学的にも統計としても明確な証拠はないけれど、従来のクスリより得られる快感もあるのに、体内に薬物が残りにくい代物だから、身分を明かすというリスクと、前金で百万前後もの金を出してでも需要のある薬物だ、ということか」

「正に、仰るとおりです」

「なるほど」

 亮は、自身が傍観者として、瀬崎が第三者と話している姿を見ると、改めて思う事がある。このすばやい理解力、故に生まれる鋭い疑問、そして、話し手の二歩三歩までも先に行く読み。まるで、最初から全て分かっていたかのようだ。瀬崎準平はやはり生涯尊敬すべき人物だと、不謹慎かもしれないが、この時、亮は改めて思った。

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