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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第2章 思わぬ連鎖
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 有川保。三三歳。東京都目黒区出身。父は私立高校の教師、母はピアノ講師。兄弟はいない。 顔写真を見ても、色黒で爽やかなスポーツマン。ストーカーなどしなくても、女性がチヤホヤするようなタイプだ。高校は東京の有名私立大学の付属高校を卒業し、大学はそのままエスカレーター式に進学。新卒で現在の大手予備校に入社。講師としては入社当初から人気が高く、保護者からの信頼も厚い。昨年、真由と同じ勤務先である教室に異動。ポジションは主任だった。

 趣味はサーフィンとゴルフ。特技は英会話とピアノ。二年前に母を病気で亡くしている。享年六八歳であった。履歴書と経歴書から得られる有川の人物像はこの程度だが、実に有意義な情報ばかりだ。

 まず、注目すべきは母親の年齢。存命であれば七〇歳である。有川が三三歳だから、母が三七歳の時の子供だ。父親の年齢は定かではないが、母親よりもうんと年下という事はあまり考えにくい。三〇代後半の夫婦からすれば、有川保はようやく恵まれた子供、と言っても過言ではないだろう。当時は今ほど晩婚化が進んでいなかったのもその根拠の一つだ。その結果、彼は恐らく、過剰なまでに愛情を受けてきたと想像出来る。

 それを裏付けるのが、有川の趣味や特技だ。特に注目すべきはピアノ。三三歳の男が特技にピアノ、と書くくらいだから相当の腕前なのだろう。これはピアノ講師である母の教えということか。そして何より、瀬崎自身もエリート一家に育ち、周りの友人やクラスメート達よりも裕福な環境で育てられた事が有川の人間像をイメージしやすいということもある。

 まぁ、有川がどの様な生い立ちでも、どんなイメージでもどうでも良い。最も有益な情報だったのは、当然ながら有川の現住所だ。電話番号は真由も知っていたが、何度かけても出る事はなかった。だから、瀬崎は真由を自宅まで送り、自分は有川の現住所を携帯電話に登録して、調査に出掛けた。幸い、有川は都内に住んでおり、瀬崎の自宅からそう遠くない場所にあった。


 有川が住んでいるのはオートロックマンション。ちょうどタイミング良くマンションから中年夫婦が出てきたので、不自然にならないように笑顔で挨拶をして、さも住人のようにマンションに侵入する事が出来た。履歴書によれば有川が住むのは八一一号室だ。

 エレベーターが来る間、瀬崎はエントランスを見回す。不動産に携わる仕事をしている瀬崎の職業病だ。無意識の内に、その物件の価格を電卓ではじいてしまう。マンションの場合、価格を大きく左右するのは築年数と駅からのアクセス。特に、賃貸マンションは賃貸需要が全てなので駅からのアクセスというのは大きい要因だ。それを考慮すると、このマンションは悪くはない筈だ。

 エレベーターに乗り、八階に着く。八一一号室の前に立ち、さすがに緊張で体が硬くなる。せめて誰か一人でも助っ人を呼ぶべきだったかな、そう少し後悔したと同時に、瀬崎はインターフォンを押した。十秒近く待つが、何の音沙汰も無い。再度、押してみる。だが、やはり反応は無い。ここでまた、瀬崎の不動産業者としての職業病で無意識的に玄関ドアの横に設置された電気メーターに目が行った。電気メーターは中心部にある円盤のようなものがくるくると回っていると、その電気契約をしている部屋で電気が使用されている事を示す。八一一号室の電気メーターはピタリと止まっていた。

 通常、不在でも電気メーターは稼動している。どこの家庭にもほぼ間違いなく設置されている『冷蔵庫』があるからだ。冷蔵庫は外出時だからといって、電源を切る訳にはいかないし、それなりに電気代を食うので、電気メーターは微弱ではあるが、稼動はする。つまり、この部屋には住人がいない、という可能性が出てくる。

 インターフォンを押しても、誰も出てこない事に正直少し安心したのは言うまでもないが、電気メーターが停止しているのを見て、すぐに焦りが生じた。エレベーターを降りて、管理人室へ向かう。

「すいません、八一一号室を訪ねて来たんですが」

「八一一?」

「ええ」

「あぁ、一昨日引っ越した所じゃないかな」

 初老の管理人はそう言って営業日報のようなものを取り出した。

「あーやっぱりそうだよ。八一一号室は一昨日引っ越しちゃったよ」

「一昨日、引っ越した?」

 これもまた偶然なのか。金森愛も瀬崎に攻撃を仕掛けてきた時には既に退去していた。一体、自分の周りで何が起きているのか。一瞬、思考が止まりかけた時、管理人が意外なことを聞いた。

「あなた、有川さんの友人?」

「いや、友人という訳では」

「そうか。いやね、困ってるんだよ」

 そう言って、管理人はしゃがんで何かを探している。

「あ、これだ」

 管理人が手に持っているのは白い封筒だ。

「引越の日にさ、近い内に友人が訪ねてくると思うからこれを渡して欲しいって言われたんだよ。そういう事はトラブルになったら困るから、自分の手で渡して欲しいって言ったんだけど、どうしてもってしつこくてね。前に会った時は感じのいい青年だったんだけど、何だか今回は大分雰囲気が変わっててね。ぶっきらぼうで話しにくかったなぁ。まぁ私もこのマンションの居住者全員の事を知ってる訳じゃないから確実な事は言えないんだけどね?」

 いかにも話好きそうな管理人のペースに巻き込まれるといつまで経っても重要な情報は手に入らない。瀬崎は強引に管理人の話を遮った。

「その友人、って、ちなみに名前は何という方ですか?」

「うーんとね。あ、そうそう。瀬崎さん」


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