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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第1章 狂いだす歯車
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 瀬崎準平は三代続く弁護士の家に生まれた。初代の祖父は民事、特に金融分野を得意にした、やり手の弁護士だった。数年の修行後、40代で独立開業し、瀬崎法律事務所を立ち上げた。

 二代目は父、由伸。父も祖父からの教育を受け、某有名国大を卒業後、一発で司法試験に合格。また、父は弁護士としての能力だけに収まらず、顧客への営業活動、他事務所の優秀な弁護士と手を組み、扱う案件を拡大していった。 いつのまにか、瀬崎法律事務所は弁護士を20人以上囲う大型事務所へと進化していた。

 そんな父、由伸と、母、理恵の間に瀬崎準平は次男として生まれた。幼い頃は三歳年上の兄、浩平と比べられてきた。父の才能をすべて受け継いだ浩平はまだ小学生の内から、天才と言われる子供だった。そんな浩平を、父は溺愛した。自分のコピーを作るかのように浩平を教育していったのだ。

 勿論、浩平だけでなく、父は準平にも愛情をたくさん注いだ。ただ、父の準平への愛情は浩平のそれとは違っていた。準平は父の才能をほとんど受け継がなかったからだ。準平は幼い頃から、浩平と真正面からぶつかっても到底勝ち目がない事を悟っていた。だから準平は父や浩平が、何を望んでいるのかということだけを考え、それだけの為に行動をしてきた。

 例えば、浩平が稀に成績を少しだけ落とすような事があると、父は浩平に辛く当たることがあった。そんな時、準平は父の矛先が自分に向くように、とんでもなく自分の成績を落とした。浩平がそれで救われる事は当然のこと、自分自身の評価を落とす事で父が本心では浩平に辛く当たりたくない、改めて浩平への期待が大きいことを再確認するであろうことを準平は理解していたのだ。

 そんな準平の性格は、正に母そのものだった。母の理恵は、夫が、浩平が、準平が何を求めているかのみを考え、行動し、全てに的確に答えてきた。父が準平を愛したのは、母のそういう性格に同じものを感じたからだ。浩平に対しては、自分自身の分身として、準平に対しては理恵を愛する事と同じ気持ちだったのだ。

 そんな風に、三歳年上の浩平、父の由伸の考えばかりを洞察し、理解してきた準平が、同年代の友人の心を理解することは非常に簡単だった。その友人が何故自分に好意を持つのか、逆に何故嫌悪感を抱かれるのか、どうすれば教師に好かれるのか、無意識ながらも本能的に、瀬崎準平は都度分析し、実行し、少しずつ修正してその精度を高めていった。


 高校は兄よりもレベルは落ちるものの、有名な進学校へ入学した。学力についても、兄と比較すれば劣りはするが、世間一般でいえば準平は優秀な生徒であったのは間違いない。頭はいいが、コミュニケーションを取るのが苦手で友達の少ない兄と違って、準平は母譲りの整った容姿と、半ば無意識の内に相手を洞察し、相手の望む言動、行動を示すことで、学校中の人気者となった。三年になると、準平は当然のようにマンモス校の生徒会長となり、過酷な大学受験を経験せず、推薦で一流私立大学への入学を決めた。

 大学に入った準平は相手の心理を読み、自身の思い通りにコントロールする事を意識的に行うようになっていった。必然的に準平の周りには自身にメリットのある人物ばかりが集まってくるようになり、人付き合いを損得勘定で選別するようになっていた。自分の為に汗をかく者、食事や酒を無料で提供する者、ただひたすら彼のイエスマンである者。瀬崎準平にとってメリットを生まない人間は、時に残酷な手を使ってでも切り捨ててきた。そんな自分の、余りにも合理主義な考え方に違和感、不安、恐怖を感じた時期もあったが、身に染み付いたこの考え方は少し意識をした程度ではとても拭えるものではなかった。

 準平は大学では法律を専攻はしたものの、司法試験を目標にはしなかった。当然、父は一発合格は無理でも数年勉強すれば必ず合格すると信じており、最初は受験すらしないということに対してすごく反対した。しかし、彼は兄と同じ道を辿るのを避けた。

 幼い頃も、学生時代も兄はいつも道標だった。若くして弁護士になり、結果を出している兄は今も尊敬に値する。だからこそ、ここで決別をしないと彼は一生、兄の心を読みながら生きていかないといけないと察した。それでも、昔の準平ならそれも構わなかった。ただ、今や何百人という人間の心理サンプルを元に、何百人という人間の心理をコントロールしてきた自信がある。兄なしでも十分にやっていける。いや、むしろ真面目で、弁護士という枠に収められた兄は、今や足枷にすらなるだろう。そう確信したのだ。


 そして瀬崎準平は、全日本不動産に就職を決めた。東証一部に上場しており、不動産業界最大手の全日本不動産の社員というだけで、世間でのステータスは高い。その分、同社の仕事は実に厳しいというのも有名だった。

 入社式で、瀬崎準平の同期は二百人以上はいたが、全日本不動産が公開してるデータでは一年後にはこれが百人前後にまで減り、年々その数は減っていく。結局、五年も経てば三十人も残っていれば、というような状態だ。そんな表面上の不安よりも、人生で最も大きな買い物とも言える不動産を扱うマーケットの中で、この心理術を十分に発揮したら自分は一体どこまで行けるのか。その自分への期待の方が強かったのだ。

 入社後、瀬崎は横浜市緑区にある支店に配属された。神奈川県の中でも、住環境に優れたこの地域で、準平の期待通り、その心理術は不動産マーケットにおいても十分に発揮された。絶対にこの地域に家を持ちたい者、何かと比較して迷っている者、条件が良ければという程度の者、買う気があまり無い者。そういう様々な心理状態にある客を準平は数十分の対話で選別し、無駄な接客は徹底的に省き、売れると自信を持った客相手には全神経を注いで売り込んだ。

 一方で社内の評価を上げる為に下に就くべき人間を見極め、従順に従った。時には、進んで自らの功績をそのまま上司に譲渡すらした。こうして、驚異の新人として売上成績を確実に上げていく一方で、優秀な駒であり従順な部下としても、準平は名を上げていった。

 その後、商業地と住宅一等地を抱える東京都渋谷区の支店でも実績を残し、史上最年少27歳で千葉県市川市の副支店長のポジションを得て、29歳になる今年、やはり史上最年少で本社営業部に配属された。どう考えても、瀬崎準平の人生は順風満帆だった。

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