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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第2章 思わぬ連鎖
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12

「退職したんですか?」

 真由が勤める予備校の応接室に瀬崎はいた。瀬崎宅の隣人の話で、写真を貼った犯人は男であるという可能性が非常に高くなった。真由に詳しい話を聞けば、有川は真由に好意を寄せて告白しただけでなく、高価なプレゼントを何度も強引に渡そうとしてきたり、しつこく仕事後の予定を聞かれ、待ち伏せされた事も何度かあったようだ。真由に送ってきたメールも異常性を感じるものが多く、『真由に対してのストーカー』という事であれば、有川が容疑者の筆頭候補だった。

 瀬崎はその話を真由から聞いて、予備校の会社としての対応を確認する為に、大袈裟に怒りを主張して、怒鳴り込みに来たのだ。しかし、責任者である教室長が言うには、昨日、有川は退職願を出したと言う。

「確かに、私も話は聞いていました。ですが、有川は非常に真面目で優秀な男でして、生徒にも人気の高い教師でした。ですので、私は彼女の思い過ごしではないか、と思っていまして」

 薄くなった髪を気にしながら、教室長は困惑の色を全面に押し出す。不祥事を働いた組織の責任者というのはどうしてもこうも皆、イメージ通りなのだろう。

「そんな!ちゃんと相談したじゃないですか」

 真由が教室長に抗議した。

「有川先生にちゃんと話を聞いて、その結果、異動するという事になったんじゃなかったんですか!?」

 教室長がいやぁ、その、と薄笑いを浮かべながら、頭を触る仕草が実に腹立たしかった。

「ヘラヘラしてないで、はっきりして頂けないか」

 瀬崎は苛立ちを隠さず、そう言ってテーブルを少し強く叩いた。教室長はそれに反応するかの如く、顔は引きつり、目が泳ぎ、手の行き場が無いかのように顔の周りを右往左往する。

「いや、そうですねぇ。実は・・・まだ話はしていなかったんですよ。有川先生とも本部とも」

 その答えに瀬崎は呆れ返り、真由は怒りに顔を真っ赤に染めている。

「あなたがした事がどれ程重大な事か、その目で確認してくれ」

 そう言って、瀬崎は真由に届いた有川からの異常なメールの写真、そして、昨日ドアに張られた写真を撮影した写真を教室長に突きつけた。みるみる内に表情が変わる教室長。丸っきり真由の話を信頼していなかったことが伺える。

「あなたがやった事は事件の隠匿ですよ」

「も、申し訳ない。まさか、ここまで・・・」

「謝罪されてもどうしようもない。限りなく犯人である可能性の高い有川は既に退職した。あなたに一度も話をされていないという事は、彼女が会社に有川を告発している事は知らないという事だ。変だと思いませんか?」

「変・・・と言いますと・・・」

「あなた本当に楽観的だな。子供にものを教える立場たる者ならもう少し考えて下さいよ。有川は何故このタイミングで退職したんだ、という事ですよ」

 それを言ってもピンと来ていない教室長に呆れて、再度丁寧に説明しようとしたが、先に真由が瀬崎の言いたい事を理解した。

「・・・そっか。私への事が公になっていないと思ってる有川先生が、わざわざ会社を辞める理由がない、ってこと?」

「その通り。私が彼女から聞いたように、彼女があなたに相談し、あなたが本部に報告して有川に処分が下された、その処分が公になる前にせめてもの処遇という事で自主退職を勧めた、というのなら理解は出来る。でも、今のあなたの話ではそうではないという事でしょう」

「あ、あぁ。なるほど」

 ようやく理解をして、そう言った。

「それでも退職した理由で考えられるのは二つ。まず、一つは今回の件と有川が一切関係なく、個人的な理由で単に会社を辞めるタイミングが重なったという事。まぁ可能性は非常に低いですが、考えられなくはない。ただ、あなたが言うに、有川は非常に優秀な人間だったんですよね?」

「え、ええ。予備校講師としては優秀な男でした。転職の噂も聞いた事はなかったし、日々の業務でも楽しそうに意欲的にやっていた、とは思うんですが」

「なるほど。そこで考えられるのがもう一つ。有川が今後、人生を賭けて彼女へのストーカー行為を行う為に退職をしたということ」

 瀬崎がそう言うと、真由も教室長も目を見開いて、瀬崎の顔を見た。

「ちなみに、有川が退職願を持ってきたのは何時ですか?」

「まだ生徒が誰も来ていませんでしたから、一四時頃だったと思っています」

「やはり。自宅の前に有川らしき男を隣人が見たというのは夕方でした。仕事を辞め、身軽になり、覚悟を決めた有川が自宅にこの異常な写真を貼った。もしかしたら、これは有川の今後の決意を表した序章に過ぎないのかもしれない」

 隣を見ると、真由は青ざめている。向かい側を見ると、教室長も同じく青ざめている。お互い、同じような表情をしているが、その表情の根拠となる感情は全く別物だろう。

「さて、教室長」

 瀬崎は唐突に言った。

「これでようやくあなたの軽率な判断がここまで事態を大きくしてしまった、ということは理解して頂けたでしょう」

「え、えぇ」

「そこであなたに一つ協力して頂きたい事がある」

 またも二人は瀬崎の顔を見た。

「有川の個人情報を私達に開示して頂きたい」

「個人、情報?」

「履歴書や経歴書があるでしょう。いくら本部付の社員とはいえ、その写し等はあなたも持ってる筈だし、これ程の大手予備校だ。データベースとしてもあるんじゃないですか?」

「そ、それは勘弁してくれ!発覚したら私の首が飛ぶ!」

 瀬崎の要求の意味が分かった教室長は慌てふためいた。本当にこの男は自分自身の事しか考えていない。心底腹の立った瀬崎は真由に目配せをして、腰を上げた。

「ならいいんです。教室長、瀬崎法律事務所って知ってます?」

「え?あ、ええ。勿論、名前だけなら」

「私、瀬崎って言うんです。父がその所長。兄もそこで弁護士をしています。後日、御社の本部宛に父から情報開示請求の通知書を送らせますよ。勿論、今日発覚したあなたの怠慢行為の話も加筆してね」

 実際、いくら弁護士と言えど、そこまで横暴な情報開示請求は認められないだろうが、瀬崎はこの教室長にはその程度の軽い脅し文句でも十分に通用すると判断していた。案の定、

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!それだけは困る!」

 と、瀬崎の右手首を掴んだ。ここぞとばかりに瀬崎は左手で教室長の胸倉を思い切り掴み、無理矢理自分と同じ目線の高さまで引っ張り上げた。教室長の目は余りの動揺に血走ってすらいる。

「あれもこれも嫌だで通用すると思うなよ、おっさん」

 今まで以上に、小さな声で、囁く様に言った。なまじ怒鳴ったり、大声を出すより、この手の人間にはそういうやり方が一番効くというのを瀬崎はよく知っている。瀬崎がぶれもせず、教室長の両の目をただ睨み続けてる間に、教室長の目はあちこちと落ち着きがなかった。しばらく経つと、ようやく目の動きは止まり、そして目を瞑った。

「わ、わかりました・・・」

 それを聞くと、瀬崎は手を放し、顎で早く書類を取って来い、と合図をした。ただ、隣にいる真由の表情は見る事が出来なかった。

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