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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第2章 思わぬ連鎖
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6

 これから授業を受けるであろう子供達が続々と階段を上がって行く。まだ勉強の本当の厳しさを知り始めたばかりの中学生と、大学受験の辛さを今、正に味わっている高校生だ。学校で授業を受けた後、また予備校に通う。寝ても覚めても勉強、勉強の毎日を少し思い出す瀬崎。そんな子供達と笑顔ですれ違いながら真由は階段を降りてきた。

 真由とは高校時代の友人の結婚式の二次会で知り合った。最初に声を掛けてきたのは真由だった。一世一代の勇気を振り絞って来たのがよく分かった。顔を真っ赤にして、声は震えていたからだ。学生時代から人気者だった瀬崎は、それなりに女性とも交際してきたが、真由はその中でも最高級の美人だった。本人はコンプレックスに感じてるが長身で、すらっと脚が長く、それをより一層際立たせる小顔は目鼻立ちがすっきりとして、思わず息を呑む程だった。結婚が決まった今も、外で待ち合わせると真由は飛び切りの笑顔を瀬崎に向ける。

「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった!あれ、飲んでる?」

「少しだけだよ。あまりに早く切り上がっちゃったからさ」

「ふうん。ま、いいや。ねぇ、パスタが食べたいんだけどいいかな?」

 一瞬、怪訝な表情を浮かべたが、すぐに真由はいつもの笑顔に戻った。

「ああ」

「よかった!ランチでいい所見つけたから一度ディナーで行ってみたかったんだ」

 そう言って、張り切って瀬崎の手を引く真由に付いて行く。今の真由は出会った頃が懐かしく思えるくらい瀬崎に心を開いている。

 瀬崎が真由と結婚を決めたのは、当然ではあるが、その美貌だけが理由ではない。真由は非常に分かり易い性格だった。牧田亮を女性にした様な性格と言っても過言ではない程で、女性の扱いが苦手な瀬崎にとってはすこぶる相性が良かった。例えば、真由は我慢が出来ない。どうしても叶えたい願望や、どうしても耐えられない不満があると、すぐに顔や態度に出る。そういう時、もしその原因が分からなければ世の男性の多くは相手の女性にこう問うはずだ。

「どうしたの?」と。

 そして、世の多くの女性達はこう答える筈だ。

「別に。何でもない」

 このやり取りが瀬崎には耐え難かった。こういう場合、世の中では男性側も開き直って女性の言葉を真に受け、何でもないと言うならそれでいいとしたり、またはそういう女性心理を理解した上で自らが折れる人もいるだろうし、そのどちらでもなく全く気にしないでいれる人もいるだろう。でも、瀬崎はすぐに気付いてしまう。女性の言葉が嘘であったり、時にはその本心が全く逆の所にある事等も。答えが分かってるのに分からないフリをする事も、早々に答えを指摘して「分かってるなら最初からそうして」と言われる事も、うんざりなのだ。

 だが、真由は違った。いつも何かある時は自分の言葉で、はっきりと意志を主張する。それが正しい事でも、悪い事でも自分の気持ちはこうだ、と主張する。それはそれで、世の男性にとっては厄介なのかもしれないが、瀬崎にとっては無駄な駆け引きや、嘘への付き合いがなく、非常に楽だった。そして、そんな楽な女性に出会ったのは初めてだったし、尚且つとびきりの美人だ。結婚をする、という選択肢が彼の中にあるのなら、その相手は真由以外にはあり得なかっただろう。


「真由、しばらく実家に帰って欲しいって言ったらどうする?」

 真由が勧めたイタリアン。確かにパスタも美味しいし、ワインも種類が豊富で、いい店だ。チーズをつまみに、ワインを飲みながら瀬崎は言った。

「え、どうして?」

 あまりに突然の話に、真由は混乱している。無理もない。

「仕事がさ、しばらくすごく忙しくなると思うんだ。帰りも遅くなるだろうし、帰って来れない日もざらにあると思う。あの家で、寂しい思いをさせるくらいなら、いっそ実家で家族と過ごした方がいいんじゃないかと思ってさ」

 まさか本当の事を言う訳にはいかないだろう。

「忙しいのは今に始まった事じゃないでしょ?確かに帰って来れないなんて事はなかったけど、遅くなった時なんてたくさんあったよ?」

 そうなのだ。そう返ってくることは分かっていた。真由はこの同棲を凄く喜んでいた。毎日必ず家に帰ってくるのなら、どれだけ待たされたって苦じゃない。自分が仮に帰りを待ちきれず寝てしまっても、一言も会話が出来ずにまた翌日を迎えたとしても、同じ空気を吸っているだけで救われる事もある。それが真由の持論だ。嘘は大きければ大きい程、突き通すのが難しいので、なるべく嘘は言いたくなかったが仕方がない。

「実はね、今抱えている案件。少しやばいんだ」

「やばい?」

「裏世界の人達が絡んでる」

「え・・・裏の世界って、ヤクザ・・・とか?」

「まぁそういう人達もいるかもしれない。詳しい事はまだ分からないし、そういう人達がいるから何なんだと言われればそれまでだけど、何があるか分からないというのも事実だ」

 真由は何とも複雑な表情を浮かべていた。それもそうだろう。今まで同世代の中では群を抜く収入を得ていた瀬崎の恩恵を受けて、周りの友人と話しても自身がどれだけ恵まれた生活を送っているか、自覚していたはずだ。それがいきなり裏社会だの、身の危険だのという話になれば動揺して当たり前だ。

「ご両親には俺から話してもいい。幸い、実家からでも仕事には通えるだろ?」

「まぁ、それは、そうだけど」

「多額の金が動くこの業界じゃそんなに珍しい話じゃないんだ。協力してくれ。これを達成すればまた俺は上に行けるんだ」

「暫く会えなくなるの?」

「そういう訳じゃない。休みはある程度は貰えるだろうし、そういう日は俺が会いに行くよ」

「まぁ、それなら・・・」

「とりあえず今日一日考えてみて。良ければ明日がちょうど休みだからご両親に話しに行くことも出来るしさ」

 不満気な様子ではあるが、一応は首を縦に振った。真由の身の危険を感じているというのは事実ではあるが、一方で真由に余計な事を知られたくないという気持ちもあった。例えば、あの写真だ。あんなものが真由の目に触れたら平沼を説得したように簡単にはいかないだろう。真由の為にも、自分の為にも、真由をこの件に関与させてはならない。その為に真由を実家に帰す、それがベストな選択だと思っていた。

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