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「俺に相談なんて珍しいじゃん」
牧田亮は乾杯して生ビールを半分近く飲み干して言った。瀬崎はわざと言いにくそうにして、店員がつまみの枝豆を運んでくるのを待ってから言った。
「ちょっと力を貸して欲しい事があってな」
「ふうん。まぁ兄貴の為なら何でもやるぜ」
冗談ぽく亮は言って、まだ温かい枝豆をつまんだ。当然だが、そんな軽い相談ではない事を亮はまるで察していない。
「実は、ストーカーの被害に遭ってる」
「ストーカー!?兄貴が?おいおい、相談って単なるモテ自慢かよ!」
そう言って最初は茶化していた亮であったが、会社での話、事務所での話をしたらビールを飲むペースが極端に落ち、つまみにも手を出さず、真剣に瀬崎の話を聞いた。みるみるうちに、亮の表情は変わっていく。
「兄貴、それやべえよ・・・」
いつになく神妙な面持ちだ。亮にも危機感が伝わるように多少事実を膨らませてはみたが、やはりそれが正解だったようだ。
「兄貴はともかく、真由さんに被害が及ぶ可能性もあるんじゃないの?事務所まで巻き込もうとするような奴じゃ」
「そうなんだよ。俺もそれが一番気になってるんだ」
瀬崎は俯き、ゆっくりとビールを飲む。亮相手ならそんなに小細工はいらないだろうか。むしろ、あまりやりすぎると亮が妙な気を起こして、自分の出る幕ではないと引いてしまいそうだ。
「その女と連絡は取れないの?」
「取れない。会社での事を聞いた時に携帯から、着信拒否の事も考えて事務所の電話からもかけたが繋がらなかった。恐らく解約してるはずだ」
「家は?」
「知ってる。今日は先に真由の安全を確保したいから明日行こうかと思ってる」
亮はじっと瀬崎の目を見て、何かを考えている。瀬崎はその視線を感じながら、亮が考えている事が自分の予測通りであればいいのだが、と考えていた。
「俺、見てこようか?」
亮が瀬崎の期待に応えた。やはり亮の思考回路は単純だ。笑みがこぼれないように必死に平静を装った。
「明日でもいいかもしれないけど、こういうのは急いだ方がいいんじゃないかな?聞いた話で考えたら、その女今度は何をするかわからないよ?」
「何するか分からない相手の所にお前を行かせる訳にはいかないだろ」
「大丈夫大丈夫。いくら女だからって、身の危険を感じたら正当防衛でしょ。俺が兄貴に唯一優れてる部分といえば喧嘩くらいだよ。こういう時こそ役に立てないと」
恐らく、金森愛は既に自宅にはいないだろう。ここまでして、自分の足が簡単に付くような事はしないはずだ。そう、奴は馬鹿ではないのだから。いないと分かってる自宅にわざわざ出向くのは手間だ。かといって、万が一の事もある。確認しない訳にはいかない。危険を含み、しかも面倒なこの作業を引き受けてくれそうなのは亮しかいなかった。全ては瀬崎の計画通りだ。
「ありがたい。でも、無理はするな。金森愛は何をするか分からない」
無理をするな、そう言えば亮は逆に無理をしたくなる性格であることはよく分かっている。自分の身の危険よりも、瀬崎に感謝され、褒められる事を何より求めているのだから。
「そうと決まれば早い方がいいね。住所をこれに書いておいて」
そう言うと、亮は携帯を取り出し、電話をかけた。酒を飲んでしまった自分の代わりに友人に車を出すよう話した。危険なことだと十分に分かっているのに、どこか亮は楽しげだ。
「何かあったら連絡するよ」
「すまない」
「何言ってんの。こういうアングラな事は浩平さんより俺に頼ってよ」
そう言って金森愛の住所を書いたレシートの裏を持って、亮は店を後にした。瀬崎は一人になり、時間を確認した。真由との待ち合わせにはまだ少し時間がある。ビールをもう一杯頼み、タバコに火を点けた。
金森愛の行方は浩平と亮に追わせる事が出来た。この二人であれば、金森愛が県外や国外にでも行っていない限りはそう遠くない内に見つけるだろう。そもそも、彼女がまだストーカー行為を続けるというのなら、恐らくはそう遠くには行かないはずだ。
あとは防御だ。事務所には恐らくもう接触して来ないだろう。問題は会社と真由に対してだ。会社にこれ以上デマカセを言われて、噂が広まりでもしたら堪らない。一応、谷本を使って、調べさせる事はしたが噂を止める程の力はないだろう。真由はあれだったら実家にでも帰してやろうか。理由を説明するのが厄介だが。
タバコを消して、ビールを一気に流し込んで瀬崎は席を立った。