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嫉妬の連鎖  作者: ますざわ
第2章 思わぬ連鎖
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3

 木内と浩平の話を聞いて、瀬崎は仮説を立てた。瀬崎自身が金森愛の心理分析を初期の段階から間違えていたという事だ。つまり、彼女は激情型でも、単純でも、馬鹿でもないという事だ。むしろ、瀬崎にそう間違った分析をさせる辺り、余程頭が切れる人間だとすら言える。問題は金森愛の暴走をどう止めるかだ。迷いに迷った瀬崎は、一つ実験をしてみることにした。

「どうなんだ、準平。お前最初、何もしていないと俺に言ったよな」

 浩平が険しい顔を瀬崎に向ける。

「していない。それは変わらない。ただ、誤解があるみたいだ」

「誤解?」

「その電話の主、金森愛は俺の部下だった。今年の四月、本社に俺が配属された時に部下になった」

「まさかお前」

 浩平の言わんとしている事がすぐに分かった。いつもそうだ。浩平は話を最後まで聞かずに先走る事が多い。

「変な想像はよしてくれよ?俺には真由がいる。金森には誓って何もしていない」

「じゃあなんでこんな・・・」

 やはり浩平はあらぬ疑いを瀬崎にかけていたようだ。意外と自分は信用されていないのかもしれないと瀬崎は少しがっかりした。

「いや、何もしていないのは事実なんだけど、誤解はしていると思う。とにかく思い込みの激しい人で、金森の好意に気付いたからハッキリと釘は刺しておいたんだ。だからなのかも・・・」

「なるほど・・・逆恨みか・・・」

「出来ることなら金森ともう一度会って話をしたいけど、金森は会社にも変な合成写真を送ってきたり、嘘の理由で会社を辞めてる。それに今回の件だ。常軌を逸してるだろ?果たして話が通じるかどうか」

 瀬崎は俯き、頭を抱えて、溜め息をついた。

「話を聞く限りじゃこれが最後だとは思えない。俺の事はまだいいけど、真由に何かあったらと思うと・・・」

 顔を上げなくても、浩平が哀れんだ目で自分を見ているのが分かる。可哀相だろ?弟がここまであなたを頼った事があったかい?どうするべきか、あなたなら分かるはずだ。

「お前はどうしたいんだ準平」

 意外な兄の言葉に瀬崎は動揺し、思わずもう一度聞き返した。何故なら浩平は瀬崎が何をどうして欲しいのか、それが分かっているにも関わらず、この質問をしたからだ。つまり、協力する事を躊躇している。そんなに事務所や自身の地位が大事なのだろうか。

「どうするも何も、金森の暴走を止めないと。大丈夫だよ、ここまで来たら形振り構っていられない」

 その言葉に浩平は敏感に反応した。やはり自分の推測は正しいのか。瀬崎に好き勝手やられて、自分や事務所に火の粉が降りかかるのが不安で仕方ないのか。ここまで保身的な人間だとは思っていなかった。自らの誘導で導いた、見たくなかった浩平の本性は、瀬崎を複雑な思いにさせた。

「形振り構わずって、無茶はするなよ?」

「だったら、兄さんが何とかしてくれるって言うのか!?」

 浩平の回答は分かっている。昔は浩平の心を覗き、操ることはもっと難しかった。自身の洞察力が磨かれたのか?それもあるだろうが、それはだけではない。弁護士になって、地位と名誉を得た兄がどこぞの有力者と同じようになっただけだ。自分の保身しか考えなくなっただけだ。

「その通りだ。俺が何とか法的に解決出来ないか模索してみる。だから少し時間をくれ」

 この時点で結果的には瀬崎の思惑通りだ。理想はこんな駆け引きをしなくても、浩平自らが協力を惜しまないという言葉を発してくれれば良いと思った。その上で、浩平の本性を知ってしまったのは少々想定外であったが、結論は同じだ。浩平は見事に瀬崎に操られた。

 そもそも瀬崎は金森愛と会って話すつもりなどない。瀬崎の仮説通り、金森愛が本当に実は瀬崎以上に賢い人物だとするなら、彼女もまた、瀬崎に会うつもりはないだろう。金森愛の心理状態や目的はわからないが、もはや自分は恨まれている。これは金森愛の自分に対する復讐なのだ。このまま金森愛の影に怯え、最後は捕まるのか、または金森愛の尻尾を掴んで警察に突き出すか。


 実に面白い。そして、浩平を味方にしておきたかったのは、二つの理由がある。金森愛の行為は犯罪か否か際どい線にある。これからエスカレートすることもあるだろう。警察に相談し、弁護士に相談し、法律に則って金森愛と戦うのであれば、彼女に勝つ事はそう難しい事ではない。ただ、その方法で本当に金森愛から逃れられるかは別だ。軽微な犯罪の段階で警察に突き出し、刑罰を受けたとしても軽微な刑罰しか受けないだろう。それに対する逆恨みの方が危険に感じる。つまり、今の段階では法律を使わずに戦うべきであるが、いつ法律が必要になるか分からない。その時になって相談をしても手遅れな場合も想定出来る。その為に今の段階で浩平を味方に付けておく必要がある。

 もう一つは、弁護士の権限だ。弁護士は資格と法を盾に、人のあらゆるプライバシーを覗き見る事が出来る。それに情報を得るにしても、一般人が聞き込みをするよりは、弁護士という肩書きを使った方が遥かに得られる情報の量は増える。それは大きな武器だ。裏の顔がはっきりしない金森愛の実態を明らかにするには、そういう力が必要なのだ。勿論、法律を使わずに戦う為の情報収集の一つの方法として、ではあるが。

 その為に、浩平に対しては完全な被害者を演じた。これで浩平は動くだろう。弁護士として、あらゆる手を使って、まずは金森愛の素性を徹底的に洗うだろう。この事件が長引けば長引くほど、そして大きくなれば大きくなるほど、浩平にとって金森愛への脅威は増す。こんな事が父の由伸に知れたら、原因は弟にあるとしても、父の怒りの矛先が自分に向くのは分かっているだろう。浩平がこの件に対して、真剣に向き合ってくれる動機が親愛なる弟に対する愛情ではなく、単なる保身から来るものだという事は残念ではあるが。

 完璧に瀬崎の駒として、巻き込まれた浩平に、瀬崎は深々と頭を下げて、事務所を後にした。時間を見ると、真由との待ち合わせにはまだ二時間以上あった。瀬崎は念には念をと、ある人物へ電話をかけて、これから会う約束を取り付けた。


 金森愛。喧嘩を売る相手を間違えた事を後悔させてあげよう。

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