責任の所在
本作品は、高校生と高校生の低温度なラブストーリーです。
学生モノがお嫌いな方、苦手な方にはお勧めいたしません。
また、非常に低温度テンションですので、ハイテンションな学生モノをご期待される方にもお勧めいたしません。
こんなに好きになってどうすんだ、と。
気付いた時には、もう既に手遅れで。
加速していく感情を持て余す。
この責任。
誰が取ってくれんのよ。
責任の所在
指先がぶつかるだけで、もうアウト。
初めて恋を知った女子中学生のように、さっと手を離して、すっとそっぽを向く。
わざとらしいことこの上ない、そんな自分の態度に嫌気がさした。
高三にもなって何を今更、と思うが、こればかりは理性でどうにかできる問題ではないから仕方がない。
ウブな反応しかできない自分が実は心底気持ち悪いのだが、そもそも同性を好きになること自体、自分にとっては青天の霹靂だった。
今すぐ裸足で逃げ出したくなるくらいには天変地異だった。
こうして平然を装うことが、そもそも大変な苦労なのである。
俺は、隣で世界史のノートを丸写ししている中原圭吾に気付かれないよう、そっと距離を開けた。
「なに、その、態度」
横目に睨まれて、俺は無言で窓の外の景色を見続けた。ばれてらー、と思いながらも無言を貫いた。
眼下のグラウンドではサッカー部が過酷な練習に精を出している。
正直、運動はそこまで好まないが、今は心底そこに混ざりたいと思った。
「おい。タツ、なにシカト?」
「え?なに、ごめん」
わざとらしいと思ったが、聞こえなかったふりをして振り返った。
大きな窓から差し込む西日が、ゆらゆらと中原の髪を赤く染め上げる。少し長めの髪の下、勝気な性格をそのまま反映させたような意志の強い瞳が、ぎろりとこちらを見つめるその視線にすら、無節操な心臓はどきりと高鳴った。
「え、じゃねえし。なんで?シカト?」
「シカトしてねえじゃん、俺」
「なんつーの?気まずそう。俺なんかしたか?」
「マジなんもねえって」
むしろ、何かあるのは俺の方で、とは流石に言えなかった。
俺は苦笑して首を横に振る。
「タツ、最近変じゃね?女?」
「まさか。いねえよ」
中学から共に青春時代を謳歌して、派手な恰好や派手な悪戯をするためだけに労力を費やしてきた。気付けば教師たちからは常にセットで目をつけられるほどの悪童に成り下がってしまったが、中原に嘘を吐いたことは今まで一度もなかった。
初めて女と寝た時もなんだかんだで結局は隠し通せなかったし、うっかり両親が離婚した時もなんだかんだで中原にはすべてを話せた。
それでも、と俺は腹の中に重たいしこりを抱えて内心で溜め息を吐く。
それでも、この気持ちだけは最後まで隠し通さなければならない。
「なあ」
中原は写し終えたノートを畳んで、その上にペンを置いた。
机に突っ伏し、組んだ腕の上に頭を乗せて、ごろりとこちらを見上げる。
「タっちゃんさ」
いきなり中学時代の古い呼び名で呼ばれ、俺は一瞬目を白黒させた。
今にもにやけそうになる口元をさり気なく隠して、頬杖をついたまま中原を見下ろす。
「タっちゃんさ」
中原はもう一度同じように呼んだ。
じっとこちらを見つめてくる中原の視線を、必死の思いで見つめ返す。
「俺のこと好きじゃね?」
「……は?」
「んでさ。俺、由美子と別れたよ」
「は!?」
素っ頓狂な声が出た後、しん、と周囲が静まり返った。
自分たち以外の生徒が消えうせた放課後の教室はもとより静かだったが、更に静かになったような気がする。
「え?なに?どういうこと?」
俺はぐるぐると混乱する頭で必死に中原の言った言葉の意味を考えた。
だが、ちっとも正しい答えが見つけられない。
「なんで?」
「なんでって何がよ」
「なんで岡野と別れたの」
「え、そこー?そこじゃなくね?」
「え?だって岡野と付き合ったのってケイから告ったんじゃねえの?」
「おう、俺から」
「え、振られたの?」
そんなまさか、という感じだった。
岡野由美子と言えば同学年の女子の中でも上位にランクインするほどの美少女で、少し派手目な感じがビッチっぽくって良いと中原は大層彼女のことを気に入っていたし、岡野も岡野で同学年の中では上位にランクインするイケメンと名高い中原に告白されてマンザラでもなさそうだった。
あの二人は絶対に別れない、と言われるくらいの派手好き同士の王道カップルだったのに。一体、何があったというのか。
「喧嘩?」
「ノー喧嘩。円満サヨナラ。ちなみに俺から」
「はぁ!?ケイから振ったの?」
ますます意味が分からなかった。
俺は顎を落としたまま、のんびりと構えている中原を凝視した。
「俺、他に好きなやつできたから」
「まじか」
「責任、とってもらおうと思って」
そう告げるや否や、中原は椅子から立ち上がった。
ふう、と溜め息を吐いて、こちらをじろりと睥睨する。
睨まれる意味が分からない。
「なあ、マジで、それ、本当にマジなわけ?」
「え?なにが?」
「お前、ぜってえ俺のこと好きだろ」
ぎょっとするより早く中原の手が伸びてきて、俺の顎を掴んだ。
強く触れ合った瞬間、ようやくそれが中原の唇なのだと気付く。
「ちょ、なに」
俺は慌てて中原から顔を反らして、後ろに身体を引いた。
触れたところが、じんわりと熱い。
「ねえ、まじブン殴るよ。あんま嘘つくと」
「ちょ、ちょ、ちょい待ち」
「待たねえよ。だって俺もうタツのこと好きんなっちまってるもん」
「え!?」
がたん、と椅子が揺れて、俺はたたらを踏んだ。
ひっくり返るかと思ったが、寸でのところで中原の腕が支えてくれていた。
「驚きすぎ」
「いや、驚くだろ、何それ、マジ?」
「マジ」
「いつから」
「半年くらい前じゃねえかな、由美子に相談したの」
「相談!?彼女に!?自分のホモ疑惑を?馬鹿なの?」
「うっせえな、年がら年中ラブ光線送ってくるお前がわりいんだよ!」
ばれていたのか、と。
俺は脱力して肩を落とした。
必死で隠してきたつもりだったが、ちっとも隠せていなかったらしい。
「だから。めでたく両想い万歳でいいだろ、ほら」
迫ってくる中原の視線にどきりと心臓が跳ねた。
僅かに椅子を揺らしながら、中原は俺の座っていた椅子の背もたれを掴むと、片膝を椅子の上に乗せた。両足を割るように置かれたその膝裏を引き寄せて、俺は落ちてくる口付けに、にやりと笑う。
「マジ?すげえ緊張するんですけど」
「俺も。ウケんね」
「責任とれよ」
「どっちが」
「「おまえが」」
唇が触れ合う直前。
思わず笑ってしまうほどのむずがゆさに耐えられなくて、俺たちは泣き笑いのような顔で、本当に笑いながらキスをした。
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こんなに好きになってどうすんだ、と。
気付いた時には、もう既に手遅れで。
加速していく感情を持て余す。
この責任。
誰が取ってくれんのよ。
思わず呟いた泣き言は。
赤く差し込む夕映えの中に溶けて消えた。
お読みいただき有難う御座いました。
感想・叱責(お手柔らかに)・誤字脱字の指摘、なんでも受け付けます。
こういうイケメンなギャル男二人が、実はホモカップルだった、という展開が非常に好きです。
私が学生の頃、クラスの男子同士が非常に仲良しで、良く膝の上に友人を座らせたりしておる奴がいました。無表情を装うのが大層大変でした。
もしかしたらあいつはコッチの気があったのかもしれません。
同窓会でもあったら確かめてみようと思います。