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metropolitan underground   作者: 丸岡 剛
1.亡霊
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 湿り気のない心地よい風が、開け放たれた廊下の窓から入ってくる。

 梅雨入り前のこの季節が一年で最も過ごしやすい、と思っている。

 天候は比較的穏やかで寒くも暑くもない。

 気分も気候に感化されるように心なしか明るくなる。

 だが、男の気分は決して明るいとは言い難いかった。

 よりにもよって、あいつと同じ仕事に就くなんて。

 舌打ちの一つもしたいところだ。

 しかし、上司となる男がすぐ前を歩いていては、そんな真似などできるわけがない。

 関と名乗った男は、ヨレヨレのスーツ姿で男を迎えに来た。

 終始媚びへつらうような笑みを崩さず、人の良さそうなおっさんである。エリート管理職には見えない。

 これは、ろくでもない部署に配属されたらしい。

 この会社に入社を決めざるを得なかった時点で、思い描いていた将来とは遠くかけ離れてしまった。その上、配属されたのは場末の部署だ。

 気分を陰鬱とさせるには充分だった。

 関がある部屋の前で立ち止まった。

 扉の上には申し訳ない程度に名板が掲げられている。

 白地に少しかすれた黒文字で辛うじて、『施設維持グループ』の文字が読み取れた。

 「ここが、今日から君が働く職場だ。最初は慣れないかもしれないが、悪い奴らじゃないから」

 「はい」

 表向きは素直を装って答えてみせたが、正直なところこれから一緒に働く同僚のことなど興味はなかった。

 関が引き戸を開けて先に中に入る。後から入って、その光景に眉を潜めた。

 部屋には古ぼけた事務机が2つの島に別れてずらっと並んでいたが、人は3人しかいなかった。

 興味がないのか無視しているのか、誰もこちらを見ようとはしない。

 足を机に乗せて寝ている浅黒い男。

 姿勢正しく座って週刊のマンガ雑誌を読んでいる体格のいい色白男。

 部屋片隅にあるトレーニング器具で懸垂するアフリカ系っぽい黒い男。

 勤務時間中とは思えない光景だ。

 「あー、みんな、聞いてくれ」

 関の言葉でようやくそれぞれやっていた事を中断し、だらだらと動き出す。

 3人中2人。浅黒い男と黒い男はだらしなく着崩した作業着でサンダル履き。白い男はなぜかしっかり腿まで隠れる紐で締め上げるタイプの作業靴だ。

 こんな連中とやってかなきゃいけないのか。

 陰鬱さ加減が否応なく増した。

 男たちは気だるそうに関の前に並んだ

 「お前達だけか?」

 「課長、あったりまえじゃないっすか。この時間じゃ全員現場出てるに決まってるっしょ」

 答えたのは瀬田を浅黒い男だった。

 「それもそうか。ま、ほかの連中には帰ってきてから紹介するか」

 関は仕切り直しのつもりで咳払いをすると、前に居並ぶ男たちを見回した。

 「今日から僕たちと一緒に働くことになった新入社員を紹介する。瀬田くん」

 「本日よりこちらに配属となりました、瀬田秀章です。足手まといにならないよう一生懸命頑張りますので、ご指導のほどよろしくお願いします」

 瀬田が頭を上げる。

 「堅っ苦しいあいさつする奴だな~・・・まあいいや」

 浅黒い男が渋い表情で頭をかく。

 「今日からお前の直接の上司になる班長の加藤だ。こいつらは俺の部下だ。藤堂」

 「はっ!」

 うるさいほど大きな声の返事を返し、一歩前に進み出る。

 マンガ雑誌を読んでいた白い大男だ。唯一作業着をきっちりと着こんでいる。

 ほかの二人に比べたら、格好だけはまだまともに見える。

 「僕は藤堂猛だ。我が都市基盤保全機構は、君の入社を心から歓迎するぞ。分からないことも多いと思うが、遠慮なく聞くように。よろしく!」

 どうやらまともなのは外見だけらしい。

 妙にハイテンションで手を差しのべられ、瀬田はちょっと引きつつも握手を交わす。

 手をブンブン振り回されて、腕が痛くなった。

 こいつ、苦手だ。

 「それと藤倉」

 「ハァ~イ。オイラ、フジクラ、マルオ。キミとオイラ、ナカマナカマ。ヨロシクネ」

 藤倉と言われた男は、先ほど懸垂をしていた黒い男だ。

 「藤倉・・・?」

 「ま、細かい話は後でゆっくり本人から聞いてくれ。あんまし時間ねぇんだ。課長!今日はこいつ、1日課長のレクチャー、受けるんっすよね」

 「そうだよ」

 「じゃあ、俺たちは作業に出ますよ。今日はデカイとこ回る予定なんで」

 「今日はどこだい?」

 「落合の巡検っす」

 「あー、あそこは機器の台数、多いからね。頑張ってきてよ」

 「はいはい。新米」

 瀬田は返事をしなかった。新米なんて名前を名乗った覚えはない。

 「瀬田!お前のことだ」

 「はい」

 「おまえは明日から俺たちと行動を共にしてもらう。うちはマジ人手にいねぇから、新人扱いはできねぇと思って、覚悟しておいてくれ。いいな」

 これからビシビシ教えてやるから覚悟しろ。

 そう言わんばかりの加藤の目を、瀬田はにらみ返した。

 こんなクズみたいな奴らになめられてたまるか。

 「よーし。加藤班は準備を整え10分後に車庫に集合!」

 加藤が宣言すると、加藤班の面々は小走りで部屋をたちを後にして行った。



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