09 雅楼の怖さ
雅楼の怖さ
「なぜ反乱がおきるのか判るの?」
「簡単よ、ここは娼館なのよ、武器を買い付けに来た人は遊んでいくところよ、本
人たちは隠していても確実に情報は入ってくるのよ」
「それをお上に届けたら、報奨金がはいるのじゃないの」
「あなたは、優秀ね。でも娼婦の言うことを聞く役人はいないわ。それが現実なの
よ。だから裏から操作をして儲けるのみよ」
「武器を購入して値を吊り上げることですか。あと食料も」
「すごい、若いのにそこまで読めるの!」
「普通じゃないですか。そこまで読むのは」
薫は当然のことを褒められて焦る。
しかし、物事を大局から見つめる薫はある意味変人とも言えた。
この年齢で人買いに買われた運命が薫自身を大きく変化させようとしていたのだ。
「そうね、そこまで読むのはできるけど、実行力がないだけね。判っていてもいざ
投資となると度胸がいるわ」
「最後は度胸ということですか」
「そう、それから稼ぎすぎないことね。下手すれば睨まれる」
「ほどほどにということですね」
薫の言葉を聞いた桔梗は薫に興味を持った。
「雅雄、この子どこに回すの?」
のんびり聞いていた雅雄は話を振られてあいまいに返事する。
「いつもと同様に下積みからだ。まずは調達部からだな。一年やれば一人前だろう」
「それじゃ私が面倒見るから私にくれない。しっかり面倒みるから」
「おいおい桔梗姉さん自ら指導かい。どうするつもりだい」
「ねえ、まかせてよ」
「まあいいさ、桔梗なら間違いなかろう。だけど店の最低の知識は身につけさせろ
よ。他のものに対するけじめだからな」
「わかったわ。この子ならすぐに身に付けると思うから」
普通の新人は店を覚えてもらうためあちこち回される。
そして、本人にあった配属を決められる。
「そうしてくれ、その後なら好きにすればいいが。客をとらせることは厳禁だぞ!
あとおもちゃにもするなよ。大事な人質だからな」
「わかってるわよ。11年間預かりの商品だから大事にするわよ。でもこの子、
11年もするとここの重鎮よ、手放すのがおしくなるわよ」
「まあな、その頃にはまた別の人材もそろってるさ。桔梗もあと5年だろう。そ
の間に育ててくれれば助かるからな」
「ここでお世話になったぶんお返しをするわよ。この子を全力で育てるから」
「まかせたぞ」
そういうと雅雄は席をはずしていった。
後には桔梗と薫がのこった。
「さて、どう思った?、この雅楼を」
「まだしっかり見てないのでよくわからないけど、料理屋のような印象をもちま
した。思っていたような娼館のような印象がなくて」
薫の戸惑いは、娼館に来たはずなのに娼館らしくない雰囲気に圧倒されていた。
裏方で働く人数の多さも気になるところだ。
「よく見てるわね。ここに来る途中の娼館と違うでしょう。まだ時間前だから、
ますますその印象が強いわね。基本的にうちは高級娼館なの」
「どう違うのですか?」
「簡単にいえば、やるのが目的だけの娼館と違い商談・打ち合わせ等を行い、そ
のあと楽しむのがうちのやり方なの」
「食事所ということですか」
「まあね、当然食事は一流だけど舞台があるの」
「舞台?」
ここで初めて薫はここが劇場も併設していることを知る。
客席の疎らな配置は真ん中の舞台を見えるようにしてあったからだ。
薫が来たときには幕が下りていて大きな部屋に感じていたので見逃していたのだ。
「そう、主に踊りが主だけど客層によっては武道演舞もやるのよ。そして商品を
競るのよ。」
「競るというのは」
「どの踊り子を選ぶかよ。一番高く買ってくれた人の相手をするの」
「もし選ばれなかったら?」
「そうなれば悲惨ね。その日の食事は最低よ。罰もあるわ」
その最低という食事でさえ今までに食べてきた食事より豪華とは思わなかった薫
だ。
「私もやるの?」
まるで商品のように自分を見せる舞台。
その話に一抹の不安を覚える薫だ。
「あなたは別格なの、雅雄が言っていたように預かり品なので下働きに回される
わ。そして、給料はないわよ」
「給料無しですか」
「逃げると当然・・・、覚悟をしたほうがいいわね」
首にすっと指をあててジェスチャーをする。
薫の喉がなる。
「預かり品といってもそれはあなたが自分で価値を示したときのみよ。自分から
放棄したら悲惨なものよ。当然別の娼館に売られるわ。そうなれば浮き上がるの
は不可能ね」
「逃げる人がいるのですか。」
「いたわね。でもその人は自ら死んだわ、男に騙された我が身を呪ってね」
「自殺ですか」
「そう、本人だけでなく家族を巻き込んでね」
「家族を巻き込んでというのは」
「そういうことよ、みせしめね。ある意味雅雄は怖い人よ。覚悟をしたほうがい
いわよ」
「やさしそうに見えるのに」
「やさしそうだから怖いのよ!、何を考えてるかわからないの」
「はい、心にきざんでおきます」
あの優しそうな雅雄の様子に桔梗が怖いという。
その気持ちがなんとなく判る薫だった。
桔梗は逃げることの怖さを教えるために話した。
しかし、実際に逃げた者はいないので単なる作り話と脅しだけだ。
実情を知れば、逃げ出すのが馬鹿らしくなるほどの場所だからだ。
あらかじめ教えられている桔梗は薫の給料が家族を養うために使われるのを承知
だ。
ここで、働く者の多くが同様だった。
家族から売られたはずなのに、その家族を養うため一生懸命に働いていた。
そんな優しい娘達が雅楼で働く資格ともいえるのだ。
ある意味、雅雄に目を掛けられた者は物凄い幸運の持ち主ともいえた。