18 病気
病気
駿のもう一つの懸念、それが大きな問題だった。
駿が心から尊敬する上司の身体に関する問題だからだ。
そのため、急いで帰ってきたのだ。
そして、上司と面会していた。
「いえ、間違いないでしょう。例を挙げるなら私の母親のことを知っていました。
これぐらいなら少し調べれば判るでしょうが、父親のことも知っていました」
「それはすごいな、お前のことを知っているだけでもすごいのに」
「父親のことは母に確認したところようやく白状してくれました」
「まて、駿の父親は戦死したのではないのか?」
「はい、私もそのように聞いていました。だからこのことを知っているのは母親
だけなのですが、内容については話せませんが、事実でした。逆に誰からその
ことを聞いたのか問い詰められました」
「まあ、おそらくその辺の事情にたまたま精通してたのだろう」
「これだけなら確かにそうかもしれません。しかし驚くことはこれだけではあり
ません。正勝様についても語っていました。」
「なにを、私の秘密なんて・・・まさか」
「はい、正勝様の腹の中の腫瘍についてです。あと6ヶ月といっていました」
「ばかな、主事医でさえ知らないことなのに、それに6ヶ月だというのはなぜだ、
医者は一年といっていたのだぞ」
「はい、わたしも正勝様の腫瘍のことは聞いていましたので、そのこと事態は驚
きですが、死期まで言われたのが気になりまして、急ぎ帰ってきた理由です。
本当のことなのですね?」
腹の調子が良くないとは聞いていたが死ぬことは考えてもいなかった駿だ。
「その通りだ。あれから数人の医者にかかったのだが、みんな同じようなことを
言っていた。あと一年ですから身許を整理しておくのがいいですとな」
「そうですか、単なる腫瘍ではなかったのですね。まさか死病とは、この情報も
正確だったわけですね。」
「どういうことだ、話を聞くかぎり魔術でお前の頭を覗いていたのかと思ったの
に、実際はお前さえ知らないことを次々と、それどころか私さえ驚かされたぞ。
どうやら引退のときのようだな」
「そうですね、あと6ヶ月というなら引継ぎを進めたほうがいいのかもしれませ
んね」
駿の頭の中に落胆がよぎる。
主役の早すぎる退場はこれからの軍の混乱を招くからだ。
「とりあえず勝男とやらにはいつ会える」
「そうでしたね。すぐですよ、下に待たせてあります」
そういって駿は呼びにいった。
あとの残った正勝は椅子に座り瞑想に入った。
「正勝さま、勝男です」
気づくといつの間にか駿が勝男を連れてきていた。
6ヶ月という宣告には思い当たることが多いので覚悟していた。
最近の疲れやすい体質に変装してあちこちの医者にかかりみな同じことを言って
いたのだ。
部下の今後の割り振りに奔走していた。
『今は死ねない!』という気力だけで動いているのが本音だ。
それが腹心の部下の駿にさえばれてしまったのだ。
それも意外な形でだ。
その情報をもたらした勝男なる人物に興味も湧いてきた。
いかんせん体が衰弱しており、つい目をつぶった瞬間眠ってしまった。
「すまん、寝てたようだ。勝男というのか」
「はい、早瀬勝男ともうします」
そこには予想したより若い人物が立っていた。
まだ若い輝きを持った少年と言っても良い。
「長旅ご苦労であった。謀反の取り締まりで格別の功労があったとのこと。そな
たの功績に報いて千人長の位を授ける。詳しいことは駿に聞け」
勝男は突然言われたことに驚き思わず復唱を忘れていた。
白国軍隊では命令を受けたときは復唱するのが決まりなのである。
「千人長・・・・・」
驚くのも当然である。一介の兵士に突然千人の部下を与えるというのだ。常識を
逸脱している。
理由はあった。
正勝自身の寿命が近いので目の届くうちに優秀な人材は上に上げておきたかった
のだ。
そこがこの国の軍隊のなかで一目置かれていた正勝の資質でもあった。
そして、実力の無い者には嫌われる軍隊内のご意見番だ。
だから正勝が指示した命令は確実に実行される。
他人にたいして面倒見がいいから、その恩を感じるものが多い。
ゆえに軍隊内部とその上層部に正勝の息は深く浸透していた。
しかし、それも正勝が生きていればの話だ。
正勝が居なくなれば、個々に潰されて軍隊は崩壊する。
ようやくわれに返った勝男は復唱する。
「はい、早瀬勝男は千人長を拝命して任務につきます」
そういって部屋から退室しようとする。
「将軍、時間をすこしだけいただけますか」
退出間際、振り返って真剣な眼でこちらを見る。
人事についてなにかあるのかと駿に眼配せする。
「いえ、個人的に話があるのでお願いします」
初めて会った人物に突然個人的話といわれたのだから驚く。
それとともに駿から聞いていた情報に興味があった。
しかし、五千人長ならいざ知らず新任の千人長とでは話も出来ないところだ。
「簡単に言え」
「はい、閣下の病気についてです」
いきなり核心をついてきた。
駿から聞いていたので話しをしたかったのは確かだ。
だが今は残務が気になるところであった。
「後日ではだめなのか」
「はい、猶予がありません。馬車を急がせたのもそれが理由です」
駿に眼をやるとうなずいた。
「よし、詳しく話せ」
「はい、将軍は雅楼というのをご存知ですか」
「もちろん知っているがそれがどうかしたのか」
「はい、雅楼の『かおる』を指名してください、病気治療のエキスパートです」
この時点、勝男も『かおる』が自分の知り合いだとは知らない。
「なにを言っているのだ。あそこは娼館なのだぞ」
「はい、表向きは娼館なのですが、かおるというものは、難病を治すというもの
です」
「まさか、この病気が治るわけじゃないだろう」
「治ります。ゆえにいち早く治療を開始していただきたく」
「そなた、なぜ知っているのだ」
「それは、ただ知っているのです」
「わかった、駿、紹介を済ませたら帰ってきてくれ。護衛を頼みたい」
駿はそうなるのを知っていたようにうなずくと勝男を連れて部屋を出て行っ
た。